05.奉仕


「―――なぜだ、なぜこうなった!」


 俺は未だに状況が把握できずにいた。

 今俺は自室の浴室内にいる。そして両サイドにはなぜかメロディアとクローレが布地一枚の姿で座っているのだ。


「で、では……お背中をお流ししますね」

「いや……それくらいは自分で」

「いいからじっとしていて。私だって恥ずかしいの!」


 いや俺が一番恥ずかしいんだっての! というか何でこうなったんだ?


 一度目を瞑り、冷静に物事を整理する。

 これは俺がこうなる数分ほど前のこと―――



『お、お風呂? これまた唐突だな』

『すみません、少々汗をかいてしまっているみたいで』

『私もこの汚れた身体を一通り流したいです』


 確かに昨日は色々とあってシャワーを浴びる時間を設けることができなかった。

 俺は別に一日くらい入らなくてもいいとぐらい思っているため、気にすることはないが彼女たちは別だ。

 やはり女性はそういうところを気にするもの。つい最近まで付き合っていた彼女も結構なお風呂好きだったためよく分かる。

 

 俺はそういう二人に頷きながら、


『そうか、分かった。自由に使ってくれ。俺はその辺に座って……』

『れ、レギルスさんも一緒に入りませんか?』

『は?』


 突然の混浴宣言に一瞬固まってしまう。

 メロディアもメロディアで顔を真っ赤に染めながらこっちを見ていた。

 

『いや、俺のことは気にしなくても大丈夫だ。後で入ればいいからな』

『でもレギルスさんもお疲れになられているでしょうしそれに……』

『それに……?』

『その……恩をくれた方にはどんな形であれお返しするのが淑女としての嗜みで、その中でも男性のお背中を流すということはこの上ないご奉仕であるとお父様が言っておりました』

『こ、この上ない……ご奉仕……ね』


 おいおい実の娘に何教えてるんだメロディア父! それ完全に違う意味のご奉仕だから! 


 しばらく顔を引きつらせ黙っていたがメロディアの顔は真剣そのものだった。

 クローレも顔を赤くして定期的にちらちらとこちらを見ている。

 

『れ、レギルスさん! あの……差支えなければぜひお背中を流させてください!』

『わ、私もメロの意見に賛成だわ。あなたにはそれ相応の借りがあるし……』


 クローレはなんだか違う意味で捉えていることを匂わせるような発言をする。

 スパッと断れない雰囲気のまま、後は自分の返答を待つのみとなり俺は困惑に困惑を重ねていた。

 もうこの時点で俺の逃げ道はとうに塞がれていたのだ。


(くっ……悪魔の悪戯とはこのことか)


 そんな出来事があり、話は現在へ戻る。


「い、痛くないですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「どこか痒いとことかはある?」

「いや特に……」


 率直に言うと全く落ち着かない。

 今までこんなゾクゾクとしながら風呂に入ったことなんてあっただろうか、いやあるわけがない。

 彼女たちはご奉仕という名目でこのように背中を流してくれているのだろうが俺からすれば生き地獄だった。

 何せ疚しいことを悟られないために動揺を隠しながら風呂に入らなければならないという試練が課されるからだ。


(二人の体温が身体を通じて伝わってくる……特にメロディアの……)


 彼女のその豊満なモノは俺の背中にピタリと張り付き、ぬるぬると動く。

 俺も一人の男だ。こんなことをされてしまったら意識してしまうのは必然なわけでそれが表情やら行動やらに露見しないよう必死こいて耐えていた。

 もちろん理性も同時に保たなければならないためこの上辛いことはない。


「じゃ、じゃあ次は前の方を洗わせていただきますね……」

「え、ちょ、ちょっとメロディア?」


 何も前振りもなく一言。メロディアはそのソープで浸されたスポンジを身体の前方へと持ってくる。


 ま、前の方っておいおいマジか! そんなことしたら……


 先の未来が地獄絵図と化すのは目に見えている。

 クローレはさすがに躊躇した素振りを見せているが、奉仕に忠実なメロディアは躊躇いもなく俺の胸元に手をあて洗い始める。


(ダメだ、このままじゃ俺は……)


 そろそろ限界が近づいてきたという時だった。

 部屋のドアがガチャッという音を立て、人の足音が浴室外から聞こえた。


「扉の開く音……?」

「だ、誰でしょうか?」

「ま、まさか……」


 そのまさかであった。

 足音は段々浴室の方へと近づいてくる。

 そして豪快に浴室の扉が開く音と共に大量の本を片手に持った竜人の男が姿が見せた。


「……貴様は真昼間から何をしているのだ?」


 竜人族特有の鋭利な眼差しで俺を睨んでくる。

 そして懐から一枚の紙を取り出すと俺の顔元に突き付け一言放つ。


「我らに依頼された任務だ。今すぐに支度を済ませろ」

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