第44話 神と魔神

「フ、フラマ……」


暗く赤い髪と瞳に、死神のような黒いコート。

魔神フラマクルスは、昨日俺を見送った時と変わらず口元に笑みを浮かべながら、フワフワと宙に浮いていた。


「昨日ぶりだね、グレン。君のことを助けに来てあげたよ。嬉しいかい?」

「まじか! 助けてくれ!」


やったぜ! さすが俺の母親的存在!

あれ? でも昨日助けに来てはくれるけど助けてはくれない的なこと言ってなかったっけ? ほんとに助けてくれるのか?


「基本的にはそのつもりだったんだけど、相手が相手だからね。まさか気を付けろと言った矢先に彼女の恨みを買うとは思わなかったしねぇ」


そ、それは俺が悪いのか?

しょうがないだろ、変な城に入ったらいきなり出てきたんだから。


「フラマクルス……」


神が険しい顔でフラマの名前を読んだ。


「やあ、ヘレナ。久しぶりだね」


対するフラマは気軽に返事をした。

やっぱり知り合いのようだが……ヘレナ?


「そ、その名前では呼ばないでと言っているでしょう!」

「ははは、ごめんごめん」


神は一瞬動揺したが、すぐに厳しい表情を取り繕った。


「……やはりあなたの差し金だったのですね、フラマクルス。後できっちりと話は聞かせてもらいますが、今はその転生者の処分が先です」

「ああ、紹介するよ。彼が、私が異世界から転生させた魔王グレンだ。これから大魔王にしようと思ってるから、よろしく頼むよ」

「誰がよろしく頼まれますか。相変わらずあなたは勝手ですね。紹介してもらったところ残念ですが、その魔王とやらは抹殺させて頂きます」

「まあまあ、ヘレナ。彼も悪気はなかったんだからその辺に……」

「だ・か・ら……その名前で呼ぶなと言ったでしょう!」


神が宙に浮いていき、戦闘力がどんどん上昇する。


「なあ、さっきよりも怒ってる気がするんだけど……さっきよりも魔力が強くなってる気がするんだけど! これ逃げた方がいいのか!?」

「逃げるより私の後ろにいた方が、生存率は上がるかな」

「勝算はあるのか?」

「ないよ」

「おしまいだぁ!」


神が俺達に右手を向ける。


「どきなさいフラマ。邪魔をするのなら、あなたも抹殺します」

「それは無理な相談だ。彼は私の息子だからね」

「では死になさい」


『ゴッド・ハンド』


光の輪が顕現し、さっきよりも気持ち大きめの魔力が放出される。

全てを終わらせる光が迫る中、フラマは思わぬ行動に出た。


なんと、自分の右手をスパッと斬り落としたのだ。

切断面からぶどう酒のように美しい血がほとばしる。

そんな出血には目もくれず、フラマは切断した右手を掴み、迫りくる光の前にぶん投げた。


『ブレッド・オア・ブラッド』


フラマがそうつぶやくと、右手がピタッと宙で止まり、燃えあがった。

次の瞬間、なんとその右手からフラマが現れた。

現れたと言うより生えてきたと言った方がいいかもしれない。

もう一人のフラマは血のような色の炎を体にまといながら光を受け止め続け、やがて炎とともにゆらゆらと消えてしまった。


俺は何が起こったのか理解できず、口を開けてポカンとしていることしかできなかった。

光が止むと、空に神が現れた。

逃げなければ……と思ったが、神も目と口を開いて、あり得ない顔になっていた。


そんな中、フラマはいつの間にか生えていた右手の薬指を前に出した。


『ヘロディアス・オルガズム』


薬指の先から謎の液体がポトリと落ち、空中に波紋が広がった。

「ハッ」と神が我に返った時、すでに空気を伝わる波紋はその体を通り抜けていた。


「こ、これは……うう……ああっ!」


神は顔を紅潮させ、両手で肩を掴みながらビクンビクンと悶える。


「だめ押しだ。『マーチ・バニーズ』」


間髪入れずにフラマが唱えると、大地に絵の具で描いたみたいな下手くそな三日月が現れた。

真ん中に銀色のドアノブがついていて、それがガチャガチャと音を立てて動いている。


「何だ……?」


三日月がドアのようにギィィと開き、中からバニーガールの格好をしたウサギが顔を出した。

そいつはバニースーツこそ着ているものの、顔はアル中のおやじだった。目はカッと開いて血走り、歪んだ口からは不気味な笑いがもれている。


そんなイカれたウサギ達が三日月の中から次々と現れ、宙を歩いて神へと向かっていった。


「な、何ですかあなた達は!?」


ウサギ達は気味の悪いステップを踏みながら神にまとわりつき、身体中をさわさわしだした。


「ちょっ……やめっ……んっ、ああっ!」


触れる度にビクンビクンと反応する神の体を楽しむように、ウサギ達が喜びの声をあげる。


「ウヒョヒョヒョ」

「アヒャヒャヒャ」

「アヒアヒ」

「あああああああああ!」


神の叫びが天に響いた。

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