第40話 空に浮かぶ城

朝になると、プルスが冷たくなっていた。

指でブニブニつつくと「う~ん、う~ん」と寝返りを打った。


ルークの姿が見当たらないと思ったら、岩の陰からひょっこりと現れた。

今度はちゃんと服を着ていた。


「おはよう、グレン! 昨日はマント、ありがとう」

「おう。服は乾いたんだな」

「うん。でもなんか、不思議な匂いがする」

「海の匂いだなそれは」


ルークは「これが海の匂いかぁ~」と自分の服の匂いを、興味深そうにくんくん嗅いでいた。



「さて……」


どうしたものか。

ライトくんについてって、こんなよくわからない海に来てしまったが、俺達の当初の目的は「トゥーカイ」村だ。

まずはバースト火山に戻りたいところだが、この森を抜ければ戻れるんだろうか。


……考えても仕方がない。

俺は森の入り口に立つ。


「じゃあ、戻るか」

「うん!」

「はい!」


俺達は暗い森の中へ入っていった。



「あれ?」


森に入ってしばらく歩いていた時のことだった。

いつの間にか景色が黒から緑に変わっている。

あの時と同じだ。


森の中に光が見えた。早足で向かう。

森を抜けると、道に出た。

間違いない。夜明けの谷間に戻ってきた。


「おお、戻れたぜ!」


しかしその直後、俺の手にひんやりとした感覚があった。


「ん? 雪?」


突然雪が降ってきた。

顔を上げると、空はすでに真っ白だった。


「なんで冬でもないのに雪が……」


夏とまではいかないが、全裸で過ごせるくらいの暖かな季節だったはずだ。


「100年くらい前から季節に関係なく突然降るようになったんだって。でもそんなに長いことは降らないから大丈夫だよ」


ルークはもう慣れっこといった感じで言う。

ほんとに大丈夫かよ。半袖短パンでめちゃくちゃ薄着じゃねぇか。


雪はしんしんと静かに、それでいてどんどんと降り積もって行く。

いつの間にかもう足が埋まり始めていた。


「やばいぞこれ! すげぇ降ってきてる!」

「村に急ごう!」


俺達は急ぎ足で歩いた。

しかし、その行く手をふさぐように雪は吹雪へと変わり、前は真っ白でなにも見えなくなっていた。


「うそだろ!」


猛烈な吹雪で前に進むことができない。

凍てつくような風が、雪とともに俺の体にぶち当たる。


「あばばばばば……」


さ、寒い……。

下を見ると、もう膝まで雪が積もっている。

プルスはもう顔が見えない。


俺は両手を口の前に当てて「フゥゥゥゥーーー!」と息を吹きかけた。これでしばらくはいけるはずだ。


「ハァ、ハァ……」


後ろからルークの荒い息づかいが聞こえた。

見ると寒そうに体をぶるぶる震わしている。


そりゃあそんな薄着じゃそうなるか。

仕方ない。また俺のマントを……。


と思ったら、ルークはふらっと揺れて、そのまま倒れた。

俺は急いで雪に埋もれたルークの体を抱き起こす。


「おい、ルーク! 大丈夫か!」

「ハァ……ハァ……」


体が熱い。発熱している。まるで風邪みたいだ。

とにかく体を暖めなければ!

俺はとっさにルークの体をマントでくるみ、抱きしめた。その体は驚くほど華奢で小さかった。


「えへへ、グレンは温かいね……」


ルークは死ぬ間際みたいなことを言いながら、弱々しく笑った。

まずい。このままじゃ本当に死んでしまう。

くそっ、一体どうすれば……。


「魔王さま!」


プルスの叫ぶ声がした。

振り返ると、プルスの横に巨大な雪のかたまりがあった。

そのかたまりの後ろからライトくんが現れ、おれに向かって親指をくいっとした。

裏にまわると中に空洞が空いていて、それがかまくらだということがわかった。


「でかしたライトくん!」


俺は急いでルークを抱えて中に入った。

ライトくんの作ったかまくらの内部は思ったよりも広く、寒さもかなり防げた。


奥の方にルークを寝かせた後、俺は着ていた服をパンツを残して全部脱いでルークにかけた。


「すみません、魔王さま……僕、何もできなくて……」


プルスが情けない顔で言った。

俺も同じ気分だった。

魔王のはずなのに、なにもすることができない。

無力な自分が情けない。


だが、ここでこいつと慰めあったって意味はない。

自分を責めてばかりじゃ何も変わらない。

もっともっと、努力しなければ!


「いつまでもうじうじしてんじゃねぇ、この無能が! 自分を責めてる暇があったら、もっと頑張りやがれ!」

「うわ~ん! ごめんなさいぃ」


プルスが泣いた。


かまくらに入っても、ルークの容体はあまりよくならなかった。

むしろ体はどんどん熱くなり、震えも増している。


外の雪はやむ気配がない。

まるで全てを覆い隠そうとしているかのように、降り続けている。

だんだんと時間だけが過ぎていき、俺の焦りも募りに募ったその時。


「あれれぇ? こんなところにでこぼこがある~」


かなり近くで人の声が聞こえた。

まさか外に誰かいるのか? この大雪の中で?


「なんだろこれ~。フゥーーーー!」


突然、ものすごい突風が吹いた。

かまくらはぐらぐらと揺れ、ついには俺達の周りを覆っていた雪の壁が吹っ飛ばされてしまった。

外に露出した俺達は、再び地獄のような吹雪の中にさらされた。特に俺はパンツ一丁で。


「さ、さばばばばば」


寒い! 肌が痛い!


「わぁ~、魔物が出てきた~。真っ赤な魔物だ~。人間もいる~」


その口調に俺はイラっとした。

人のかまくらを壊しといて、なんだその軽い態度は!

俺は怒りの顔面で声の主をにらんだ。


そこには、巨大な城が浮いていた。

ファンタジーに出てくるような、塔とかいっぱいついてる立派な城だ。

そして何故か、中心部分に鉛筆で書いたような簡素な顔がついている。

そいつは10メートルくらい高さに浮きながら、アホそうな顔で俺達を見下ろしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る