第39話 私は見た

「大丈夫かルーク! 貞操は無事か!?」


俺は急いでルークに確認する。


「ありがとう、グレン。助かったよ……でももう服がベタベタだよ~。洗わなくちゃだめかな」


洗う=脱ぐ?

いやいや、いかん。

こんな少女に欲情するのは犯罪だ。自重せねば。


ルークは浜辺にあったでかい岩の陰に、服を洗いに行った。その間、日も沈み始めたので、俺は晩飯に魚をとりに海に潜ったが、なかなか魚が取れなかった。

あの時、もんもんダコから銛を引っこ抜いておけばよかったと後悔した。


するとなんと、ライトくんが魚を手掴みで大漁に捕ってきてくれた。

さらに、木をくるくると回して火を起こし、内蔵を取り出した魚を串焼きにしてくれた。


さすがライトくんだ。塩まできいててうまかった。

プルスもうまそうに魚を口にほおばり、ハフハフしながら食べていた。


「働かずに食う飯はうまいか?」


と俺が嫌みを言うと、プルスは泣いた。

その言葉は、俺にも刺さった。まるでのどにチクチクと刺さる魚の小骨のように。


魚を食ってる途中で、ルークが全然戻ってこないことに気づいた。

あたりはもう真っ暗になってきている。

何かあったのか? まさか、またあの変態ダコが……?

俺は急いでルークのいる岩陰に向かった。


「ルゥゥクゥゥゥゥゥゥ! 大丈夫かああああああ!?」


ルークはいた。無事だった。しかし裸だった。

運悪く前をマントで隠しているものの、間違いなく裸だった。


私は見た。

決して大きいとは言えないが、まだまだ成長の可能性を秘めた美しい円環をなすそれを。

私は見た。

さらけ出された細い体躯と、それを彩る優しく健康的な肌の色を。

私は見た。全てを見た。

私はきっと、この憧憬を忘れない。

この瞬間は、永遠だった。


「うわああ!」


ルークの悲鳴が上がる。


「すまん!」


俺は急いで目をつむり、全速力で岩の後ろに引っ込んだ。


「すまん! 本当にすまん! のぞくつもりはなかったいやなかったと言うと嘘になるけどなかなか出てこないから心配でまさか裸とは思わなくてとにかく本当にすまなかった!!」


俺はあまりに動揺して、謝罪と言い訳の同居した言葉が一気に口から溢れだした。

しばらくの間沈黙があったが、すぐにルークのか細い声がした。


「……ボクの方こそ、心配かけてごめん。ほんとは……責任をとってほしいけど……」

「えっ」


責任を取るって……まさか結婚か!?

いや、この場合はあそこを切り落とすってことか?


しかしルークはすぐに「ご、ごめん。なんでもない!」と言ったので、そこはなんでもないことになった。


そしてまた沈黙が訪れた。

俺は何を話したらいいのかわからず、ものすごく気まずくなった。

とりあえず、俺も一旦脱いだ方がいいのか?


「……ええと、ベタベタになった服を海で洗ったら、着るものがなくなってしまいまして……」


ズボンを降ろそうとしていたところ、再びルークが話しだした。

なるほど、だから全裸だったのか。

それは納得の全裸だ。


「代えの服はないのか?」

「下着はあるんだけど、他は置いてきちゃった……」


まったく、旅をなめすぎだ。一泊二日じゃないんだぞ?

あきれていると、「くしゅん」と小さなくしゃみの音が聞こえた。


「しょうがねぇ……ほら、こいつを使え」


俺は肩からマントを剥ぎ取り、目をつむってルークの方に差し出した。


「い、いいの? そのマント、大切なものなんじゃ……」

「そのままだと風邪を引いちまうだろ。その方が困る」


俺は内心ビクビクドキドキしながら「早く受け取ってくれぇ」と思っていた。


「ありがとう……」


ルークは俺の手からマントを受け取り、はおった。

マントはちょうどルークの体をすっぽりと包み込んだ。


「あ! あったかい」

「そうか?」

「うん、すごくあったかいよ。グレンがはおってたからかな」


なんだって? それってまさか間接キス的なこと?

俺の体温が間接的にあれしてるってこと?


「ありがとう、グレン」


ルークは追い討ちをかけるように、俺の目をみてお礼を言ってきた。


「お、おう」


俺はその目をまともに見ることができなかった。


その後ライトくんの焼いた魚をルークも食べ、砂浜で寝ることになった。

火を焚いていたが、そのままでは風邪を引くとルークがマントを貸してくれた。


プルスはすでにぐーぐー眠っている。


「のんきなやつだな、こいつは」


俺がそう言うと、ルークは「あはは」と笑った。


「プルスってなんだか人間みたいだね」

「そうだな。こいつは人間の真似とかしてたみたいだしな」

「へぇ~」


ルークは感心したような声をだした後、俺を見て


「そういえば、グレンもそうだね。あんまり魔物っぽくないっていうか、こうして話してたら普通の人みたいだよ」

「まあ、俺は元々人間だからな」

「えっ」

「えっ? あっ」


しまった。つい口が滑った。

あまりに唐突な俺のカミングアウトに、ルークはひどく動揺している。


そりゃあそうか。

人間で言ったら、「実は僕ゴリラでした」って言うようなもんだもんな。


「ほんとに? グレン、人間だったの……?」

「む、昔はな? 昔はそういう頃もあったなぁ~て」

「ご、ごめん。ボク……君が人間だったとは知らずに、君のことを魔物魔物って言っちゃった……傷ついたよね?」

「いや、いいんだ。今は魔物だし、これからも俺は魔物として、いや魔王として生きていくつもりだ。人間に戻るつもりはまったくない。だから魔物として扱ってもらって一向にかまわん。ほんとは魔王だけど」


そうだ。俺はもう人間に戻ることはない。

この世界で魔王として生きていくんだ。

自分で言って改めて実感した。


俺がきっぱりと言うと、ルークは納得してくれたようだった。


「グレンは、どうして魔物になったの?」

「……色々と罪を犯してな」


俺はそう言ってごまかし、もう遅いからと眠ることにした。

ルークが眠ったのを見計らって、俺は貸してもらったマントを顔面にかぶった。

ものすごくいい匂いがした。

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