第38話 水遊び

TUEEEEEEEEEE村を出てさっきの場所に戻ったが、当然そこにはなにもない。

海しかない。


時間はわからないが、日が落ち始めている。

もう夕方だというのに、俺達にはまだ泊まる場所がない。

一体誰のせいなのか。


「すまねぇ、ルーク、ライトくん。俺が勢いで村を出たせいで、今日は野宿するはめになっちまった……」


よく考えたら、じじいは明日には出ていってもらうと言っていたので、今晩くらいは泊まれたかもしれない。


「ううん、大丈夫だよ。実はボクも、あの村は変な感じがしてたんだ。村の人達みんな、死んだ人の匂いがしたから」

「なんだって?」


死人の匂いだと?

ちょっとやだ怖いんだけど……そういうことははやく言ってくれよ。


「たぶん、あの大きな男の人達も……でも立って言葉を話してたし、もしかしたら……」

「やめろルーク、考えるな。あの村は、俺達の手に負えるものじゃない」

「う、うん……」


そうだ、考えてはいけない。

あの村のことはもう忘れよう。


「あの~、魔王様」


申し訳なさそうな声で、俺達に近寄ってきたのは、裏切りスライム野郎だった。


「さっきは本当にすみませんでした! どうか許してください!」


プルスは顔を下に埋めて謝りだした。

俺はもはや呆れ果てていた。


「お前は……もういいよ。お前には、美少女に『擬態』することしか期待しないよ」

「そんな……」


俺とプルスの間にどんよりとした空気が漂う。

そんな絶望的な雰囲気に、ルークは一人あせあせしていた。


「そ、そうだっ! ボク、海は始めてだったんだ。入ってみてもいいかな?」

「あぁ、いんじゃね」

「よーし!」


ルークはマントと靴を脱いで裸足になると、砂浜の感触に驚きながらも、海へと歩いていった。

砂浜にすべる波に「つめたっ」と足を引っ込めながらも、海に膝まで浸かってパシャパシャと遊び始めた。


「あはは、つめたい! グレンもおいでよ!」


ルークは太陽のようなまぶしい笑顔で俺を呼ぶ。

俺は一瞬にして元気を取り戻し、無言で海へと走っていった。

久々の海ということもあり、俺のテンションは段々上がっていった。


「あははははは!」

「あははは! あははははは!」

「それ~!」

「やったな! それそれそれ~」


俺達は、ひたすらはしゃぎ続けた。

飛び跳ねる水が、夕日に照らされて美しく光る。

いいやそれだけじゃない。ここにある全てのものが、キラキラと輝いていた。


ああ……もしかしたら俺は、こうして美少女と水遊びをするためにこの世界に転生したのかもしれない。


浜辺で俺達を遠い目で見ているプルスが目に入った。

俺はさっきのことは水に流し、プルスを誘うことにした。


「プルス! お前もこっちにきて楽しもうぜ!!」

「いえ……海水はしょっぱいのでやめておきます」

「…………」


やつは断ったが、代わりにライトくんがきてくれた。

ライトくんは手だけにも関わらず、華麗な泳ぎを見せてくれた。


「すげぇよライトくん、シンクロナイズドスイミングだ!」


俺はライトくんの美しい泳ぎに釘付けになった。


「見て、グレン! こんなものを見つけたよ」


ルークが細い棒きれみたいのを持ってきた。

よく見ると、それは銛だった。

漁師が落としたんだろうか。


「ああ、それは……」

「これ……たぶん武器だよ。槍にしては短いし、穂先も小さいから、弓矢みたいに投げて使うんだと思う。これを使いこなすには相当の技術がいるだろうから、落とした人はきっとものすごい達人だよ」


どうしよう。全然違う。

めちゃくちゃ真剣な顔してるけど、全然間違ってる。

言った方がいいのか? 真実を。

いやでも、この世界ではあれは銛じゃなくて、達人の使う武器の可能性も微レ存……。


「あの~、ルーク様」


突然プルスが浜辺から話に入ってきた。


「それはおそらく、漁師が魚を捕る時に使う銛と呼ばれる道具だと思います。先の方に、先端とは逆の方向を向いた、とげのようなものがありますよね? それが獲物を突いた時にひっかかって、逃げられないようになっているのです。あ、漁師というのは、漁業で生計を立てている人間達のことです」


銛だった。結局銛だった。

なんでこいつそんなこと知ってるんだ、スライムのくせに。


「そ、そうなんだ。これ、銛って言うんだ、へぇ~。プ、プルスは物知りだね!」


ルークは何とか冷静さを保とうとしていたが、気の毒になるくらい顔が真っ赤だった。

当たり前だ。

こんなスライムに知識マウントとられたら、俺だったら海にダイブして戻ってこない。


そんなルークに追い討ちをかけるように、水中から何かが飛びかかった。


「わあ!?」


そいつはタコのように足がたくさんある赤い生物で、その長い触手を伸ばしてルークの体に巻き付いた。


「と、取れない~」


しかし、その触手はタコにしては異様に長く、太かった。

もっと異様なのは、そいつの顔だ。

つりあがったスケベな目に、チューという擬音が出てきそうな細長い口。まるでギャグマンガから出てきたようなタコだった。


「なんだこいつは……!」

「あれは……『もんもんダコ』です!」


浜辺でプルスが叫んだ。


「もんもん!?」

「はい! もんもんダコは浅瀬に潜み、水遊びをしに来た女性を触手で襲う、タコの魔物です!」

「なにぃぃ!?」


なんだそのふざけたタコは! そんな卑猥なやつにルークは絡まれているのか!?

見るとルークの手足に巻き付いた触手はいけない手付きで服の中に入ろうとしていた。


だめだ。1日に二度も触手プレイはさすがに触手過多だ!


「離れろ、このクソタコ野郎!」


俺はルークに絡むもんもんダコの坊主頭を掴み、引き剥がそうとした。

するとタコの細長い口から白い液体が飛び出し、俺の顔面にショットした。


「ぐああああああああ! く、くさっ。タコくさっ! なんじゃこりゃあ!」


その液体は白くてネバネバしていて、タコくさかった。


「それは墨です! もんもんダコの興奮が頂点に達すると出るものです!」


とんでもないものをぶっかけられてしまった。

なんで俺が掴んだところで達しちゃうんだよ。


「大丈夫? グレン」


ルークは触手に絡まれながらも俺を心配してくれる。

くそっ、なんとかあいつを引き剥がさなければ。

そこでルークの持っていた銛が目に入った。


「ルーク、そいつを貸してくれ!」


ルークは悟ってくれたようで、銛をこちらに投げて寄越した。

俺はそれを受け取り、もんもんダコの頭めがけてぶっ刺した。


「死ねオラ!」

「もんぁ!」


もんもんダコは奇声を上げながら海に帰っていった。


魔物

もんもんダコ……変態小僧のような見た目をしたタコの魔物。魚海族。女性に絡み付き、性欲を満たすことで生命を維持している生きた性欲。

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