第36話 TUEEEEEEEEEEの地獄

「なにぃぃぃぃぃぃ!?」


俺は絶叫しながら目玉が飛び出た。

森の魔王は完全に沈黙した。


俺も驚きのあまり声が出せなかった。

一体どういうことだ……何であんなニートみたいなやつが。一体何が……。


「TUEEEEEEEEEE! 勇者様TUEEEEEEEEEE!」

「!?」


突然横にいたじいさんが両腕を振り上げて叫びだした。

老人とは思えない熱狂ぶりだ。


「うおおおおおお! 勇者様TUEEEEEEEEEEE!」

「勇者様ぁぁぁぁ! SUGEEEEEEEEEE!」

「TUEEEEEEEEE! 抱いてくれぇぇぇぇぇ!」


「「「TUEEEEEEEEEEEEEE!」」」


いつの間にか集まってきていた村人達から、次々と歓声が上がる。その全てが、このプー太郎のような太った男に向けられていた。

そして等の本人はというと、「ははっ、別に~」みたいな顔をしている。


何だこれは? 一体何の時間だ?

まさか……俺は今、他人の俺TUEEEEを見せられているのか!?


じいさんがウキウキしながらアトモスへ駆け寄る。


「勇者様! またもや村を救っていただき、ありがとうございます! 何とお礼を申し上げたらよいか……」

「やれやれ。別にいいよ、お礼なんて。あれぐらい倒せるのは普通だしね。冒険者とかなら、みんな倒せるよ」

「おお、さすが勇者様ですな! TUEEEEEEEEEE!」


カチン。

俺はあまりの怒りと憎しみで、全身の血管が弾けそうになった。

まるで体全体を憤怒の炎が駆け巡ってるかのようだ。


「グレン……大丈夫?」


いつの間にか枝から抜け出したルークが、心配そうな顔で俺の横に立っていた。


「ハァ……ハァ……だめだ。これ以上俺TUEEEEを見せられたら、俺は……ぐはっ」

「血が! しっかりして、グレン!」


その時だった。


「グオオオオオオオ!」


海がある方向から地鳴りのような声が村に響いた。


「やれやれ、ずいぶんと騒がしいな」


アトモスがやれやれ顔をしながら海へと歩きだした。

村人達もぞろぞろとその後ろをついて行く。

俺達も後を追った。


海につくと、浜辺に巨大な怪物がいた。

体長は20メートルくらい。体は青く、全身に光るうろこがついている。

飛び出た目玉に膨らんだ唇からのぞく鋭利な牙、エラのついた耳。

片手には三つの刃がついた槍を持っている。

こいつはまさか……。


「海の魔王だああああ! 海の魔王が現れたぞおおお!」


またか。また魔王が現れやがった。

こんな近場でポンポン出てくるものなのか?


「あぁ、このままでは村はおしまいだぁ! お助けください勇者様!」

「やれやれ。今日は厄日だなぁ」


アトモスは気だるそうに、海の魔王へと歩いて行く。


「さすがにあれは無理だぜぇ。森の魔王の2倍はある! あんな怪物を人間が倒せるはずないぜえええ!」


俺の口から小物みたいな発言が次々と飛び出した。

何だこれ? 口が勝手に……。


「よっ」

「グオシャアアアアア!」


アトモスが剣を一振りすると海の魔王は縦に真っ二つになった。

一刀両断された体は、血しぶきをあげながら左右に倒れ、そのまま動かなくなった。


「TUEEEEEEEEEE! 勇者様TUEEEEEEEEEE!」


じじいが両腕を上げて喜ぶ。


「うおおおおおおお! 勇者様TUEEEEEEEEEE!」

「TUEEEEEEEE!SUGEEEEEEEEEE! TUEEEEEEEE!」


「「「TUEEEEEEEEEEEEEE!」」」


お決まりのように村人達が騒ぎだす。


「ぐはぁぁ! もうだめだぁ、もう耐えられない! 誰か俺を殺してくれぇ……」

「グレン……!」


「キショアアアアアア!」


またしても声が響き、空に巨大な鳥が現れた。

黄金色の翼はバチバチと電気を帯び、爪は刃のように鋭利だ。

これは絶対空の魔王だ。


「空の魔王だあああ! 空の魔王が現れたぞ!」


もうこいつしかいない。こいつに全てをかける!


「いけえええええ! やれっ、殺せっ! この村を滅ぼしてしまえええええ!」

「グレン!?」

「おりゃっ」

「キショ!」


空の魔王の翼にでっかい穴が空き、その穴からきれいな空が見えた。

そのまま空の魔王は海に墜落した。


「…………」

「TUEEEEEEEEEE! 勇者様TUEEEEEEEEEE!」


「「「TUEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」」」


これは……報いなのか?

何の努力もせずに、俺TUEEEEを求めたこの俺に対する報いだというのか?

こんなのあまりに残酷すぎる。ああ、神よ……。


「魔王を三人も倒しちゃうなんて……あれが本物の勇者の力なんだね。ボクもあんな風に、村を守れるようになりたいなぁ」


ルークは関心したように言った。


「認めねぇ……あんなやつが勇者なんて、俺は認めねぇ」


認めてたまるか。

あんなさえないニートみたいな男が実は最強の勇者で、辺境の村でスローライフを送っているなんて、実際にあっていいはずがない!


「勇者様、勇者様!」


プルスが何故かアトモスの前で、跳び跳ねながら叫んでいる。なにやってんだあいつ?


「うん? スライム? 何か用かな?」


プルスは跳び跳ねるのをやめ、改まった顔をでアトモスを見上げた。


「はい、勇者様! 僕を……あなた様の弟子にしてください!」

「!?」


何言ってるんだあのスライム野郎は?


「おいおいまててめぇ。プルスてめぇ。お前は俺の手下見習いだろ? 誰の許可を得てそんなやつの弟子になろうとしてんだ?」

「そうだよ、プルス。旅はどうするの? ボクはもっと、プルスと一緒に冒険したいよ」


しかし、プルスは俺達をまっすぐ見ながら


「ごめんなさい、魔王様。ルーク様。僕、強くなりたいんです! 勇者になりたいんです!」


こいつ……マジだ。

俺の手下にしてほしいと言ってきた時より、真剣な目をしてやがる。


「魔物すら憧れる勇者様SUGEEEEEEEEEE!!」


なんて日だ今日は。

よくわからんやつに、俺TUEEEEされて、手下見習いも取られて……いや、よく考えたら全部こいつのせいじゃねぇか。


このアトモスとかいう野郎……こいつを倒せば、こいつの俺TUEEEEは俺の俺TUEEEEになる。

そうすれば、全てが解決するに違いない!


「やれやれ。ごめんねスライムくん。弟子とかそういうの、めんどくさいからいいや」

「そんなぁ」

「おいてめぇ! 俺と勝負しやがれ!」


俺はアトモスの前に立ちはだかり、啖呵を切った。

しかしやつはめんどくさそうな顔をしながら、


「勝負とかそういうの、めんどくさいからいいよ。それより俺は、帰って寝なくちゃいけないから……」

「永遠に眠らせてやるぁぁぁ!」


俺は拳を握りしめ、アトモスに殴りかかろうとした。

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