第35話 勇者?

「では食事を用意しますので、少々お待ちください。何かご要望がございましたら、村の者にお申し付けください」


そう言ってじいさんは外に出ていった。

やっぱりきな臭いな。

飯まで用意する歓迎ぷりといい、村の様子といい、絶対に何か裏がある。


「泊まらせてくれる上にごはんまで食べさせてくれるなんて、ここはほんとにいい村だねぇ」

「僕、人の造った家に入るのは初めてです!」


ルークはすでに靴を脱いでいろりの前に腰を下ろし、プルスは目を輝かせながら部屋の中を跳ね回っている。


こいつらは疑うことを知らないのか……。

しかし、ここ以外に泊まる場所がないのも事実だ。

じいさんの言う通りこの近くに村はないっぽいし、あっても受け入れてもらえるかどうかわからない。


「今日はここに泊まるしかないか」


俺は諦めてルークの向かい側に腰を下ろした。



しばらくして、急に外が騒がしくなった。

どやどやと人の声が聞こえる。

魔物でも現れたか?


「きゃああああ! 助けてええええ!」

「魔王が出たぞおおおお!」

「え?」


今魔王って言った? 魔王が出たって?


「いってみよう!」


ルークは叫び声を聞くや否や、すぐに外へ飛び出していった。


「おい……ちょま!」


俺もその後を急いで追いかける。


外に出ると、大勢の逃げ惑う村人達がいた。

その逆方向、村の真ん中の十字路では、巨大な木の怪物が暴れていた。

体長は10メートル以上、2メートルくらいの太い幹には邪悪な顔が浮かび上がっている。


「何だあのバケモンは……」

「あれは、森の魔王です。北にある森を支配していたのですが、近頃は村に現れ人を襲うようになってしまったのです」

「うおっ!?」


いつの間にかじいさんが俺の横に立っていた。

てかやっぱりあれ魔王なのかよ。

たくさんいるって聞いてたが、こんなすぐに遭遇することになるとは。


「このままでは村が滅びてしまいます。どうかお助けください、旅のお方!」

「いや……お助けくださいって言われてもなぁ」


じいさんはすがるような目で俺を見てくる。

そんな目で見られても……美小女ならともかく、じじいにそんな目で見られても……。

さすがにかけだし魔王の俺には、いきなり魔王はレベルが高すぎる。

ここはつつしんでお断りしよう。


「任せておじいちゃん、ボクが何とかしてみせるよ!」

「おぉい?」


ルークは息巻いて怪物へと突っ込んでいった。

森の魔王は、枝を触手のように伸ばして村人達を襲っている。


「ボクが相手だっ」


ルークが叫び、森の魔王に飛びかかる。

その跳躍力は驚異的で、魔王の顔面がある5メートルくらいの高さまで一瞬でたどり着いた。

はやい。さすがの身体能力だ。


「うわああっ!」


しかし、跳躍したルークの体は、ヌルッと伸びた枝に一瞬で巻き取られてしまった。


「ルークゥゥゥゥゥ!」


まずい! このままではルークが触手プレイの餌食になる。

俺が助けなければ……!


「やれやれ、また森の魔王が暴れてるよ」


突然後ろからのんきな声がした。

誰だ、こんな緊急事態にやれやれとか言ってるのは。


振り返るとそこには、スウェットのようなダボっとした服を着た小太りの男がいた。

右手にはビニールみたいな袋をぶら下げている。


なんだこのクソニートみたいな男は!!

ものすごい既視感がある……いや、今はそんな場合じゃない。


「おいあんた、早く逃げろ! じゃないとあいつに殺され……」

「おぉ、あなたは……! あなた様は、勇者アトモス様ではないですか!!」


横でじいさんが大声を上げた。


「……え? 勇者? これが?」


見たところ、じいさんに勇者と呼ばれるその男は、ただの一般人だった。

体には何の装備も身に付けてないし、腹も出ててだらしないし、何よりはきがない。

どう見たって、生活習慣の悪いただの一般人だ。


「やれやれ、村長。ずいぶんひどいことになってるね」

「あぁ……勇者様! どうかお助けください! このままでは村が滅びてしまいます!」


じいさんは、さっき俺に言ったのと全く同じセリフで、アトモスに懇願する。


「やれやれ。俺はこれから帰って寝ようと思ってたんだけど、仕方ないなぁ。じゃあちょっと、下がっててくれる?」

「ありがとうございます! 勇者様!」

「や~れやれ」


何なんだこいつは。やれやれやれやれ言いやがって……。

こんなやつに絶対に倒せるはずがない。

絶対死ぬわこいつ。


「さて、さっさと終わらせて家に帰るか」


アトモスはそう言うと、袋の中に手を突っ込んだ。

そしてなにやらガサガサとした後、その中から黒くて立派な剣を取り出した。


「!?」


あんなSサイズくらいの小さい袋の中から、何でこんな立派な剣が出てくるんだ?

刀身も丸出しだし、普通あんなのが入ってたら袋が破れるはずなのに。


アトモスはその剣を構えるでもなくぶら下げながら、森の王の方へてくてくと歩いていく。そして……。


「よっ」


2、3メートルくらい離れた位置から、魔王に向かってフリっと剣を横に振った。


「おいおい、なんだありゃあ? 剣の握り方を知らないのか? 素振りにしてもお粗末すぎるぜぇぇ」


俺の口からあざけりの言葉が飛び出す。

しかし次の瞬間、森の魔王は真っ二つになり、切断された上半身が大きな音を立てて地面に叩きつけられた。

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