第2章 追放されし旅人

第30話 旅立ち2

翌日、俺達にも旅立つ日がきた。

村のはずれのルークの家に行って、そこで合流してから旅立つ予定だ。

今日でこのボロい城ともおさらばなので、俺は最後にフラマに別れを言いに行った。

王座の間では、相変わらずフラマが笑みを浮かべながら足を組んでスタンバっていた。


「やあ、グレン。ついにここをたつんだね」


心を読まれているのも相変わらずだ。

特に、今日旅立つなんて言ってなかったし。


「ああ。世話になったな、フラマ」

「ふふふ。また戻ってきたりしてね」

「やめろ! もう二度と戻ってこねぇ! 二度とな!」


するとフラマは「寂しくなるね」と柄にもなく寂しそうな顔をした。


「……フラマは、ここに住んでるわけじゃないんだよな?」

「うん」

「じゃあ、普段はどこにいるんだよ?」

「どこにでもいると言えるし、どこにもいないとも言える。遠くにいると思ったら近くにいて、前にいたと思ったらいつの間にか君の後ろにいるかもしれない」


こわっ。なんだよそれ。

事故物件であんま怖いこと言うなよ。

フラマはガチで俺の後ろに立った後、フワフワと宙に浮かび上がった。


「まあ、そんな感じで私はどこにでもいるから、何か困った時は、呼んでくれればすぐに駆けつけるよ。駆けつけるだけだけど」

「駆けつけるだけかよ」


助けてくれないのか。俺の母親なのに。

まあ、仕方ないか。俺はもう自立しちゃったしな。

強制的にだけど。


「さて、最後に何か私に聞きたいことはあるかな? 今なら特別に、何でも答えてあげるよ」


フラマは上機嫌な様子で言った。

まじか。いつも肝心なことは全然教えてくれないのに、今日は一体どうしたんだ。

でもこんなチャンスは二度とない。

何を聞くか。フラマのスリーサイズか、俺の体のことか。

いや……。


「……聞きたいことは、ない」

「いいのかい?」

「ああ、全部聞いてもつまらないしな。これから自分で答えを見つけるぜ」


俺は胸を張って答えた。


「この短い間にずいぶんと成長したね」

「まあな。俺は自立したからな」


フラマはこれまでで一番優しい顔で俺に微笑んだ。

やがて、改まった顔をして言った。


「それじゃあ、一つだけ私から忠告しておくと、君の友達のルークくんは、おそらく勇者になる。素質的にも血統的にも、神が見逃さなければ、まず間違いなく選ばれるだろう。いずれ君達には、過酷な運命が待ち受けているかもしれない。それを覚悟しておかなければいけないよ」

「……ああ」

「それともう一つ、この世界の神には気をつけたほうがいい。ルーク君と旅をするならいずれ会うことになるだろうけど、出会っても言葉は交わさずに、一目散に逃げることをおすすめする。何せ彼女は、とんでもないひとでなしだからね」


ひどい言われようだな。そんなにやばいやつなのか、この世界の神ってやつは。

神なのにひとでなしってのもおかしな話だが。

そして彼女ということは、もしかして女か?


「それじゃあね、グレン。なかなか楽しかったよ。これからもその調子で、この世界を存分にかき乱して、私を楽しませてくれたまえ。それが私と君との契約だからね」


かき乱すって……やっぱりこいつは世界を滅ぼす側の神だよな。


「……ん? てか、契約? なんだ契約って」


フラマは何も言わずに不敵な笑みを浮かべ続ける。

くそ、最後の最後になんで謎を増やすんだ。

聞くことはないとか言っちゃったから、もう聞けねぇ。

契約ってなんだ? 眠ってる間に拇印でも押させられたか?

ボイン……まあ、考えても仕方ないか。

俺はニヤけるフラマを背に城を出た。



村のはずれのルークの家についた俺は、ルークに俺が来たことをどう伝えようかと考えていた。


あの家にいるのはルークだけではない。

おそろしいじいさんがいる。

あのじいさんは凶暴なだけじゃなく、何だか得体のしれない恐ろしさを感じる。

できるだけ会わずにさよならしたい。

というか、ルークが旅立つことを許可してくれるのか?

今頃ルークは監禁とかされてて、のこのこやってきた俺を殺すつもりなんじゃないのか?


「グレン! 来てくれたんだね!」


そんなふうに二の足を踏んでいると、ルークが家の中から出てきた。

格好が今までと違う。

ノースリーブで袖のない紺色の服に、短めの青いマントで肩を覆っている。

下は灰色の短パン、足にはブーツを履いていた。


全体的に青々としていて、勇者っぽさが増している。

相変わらず健脚を出していくスタイルは変わらないとして、今度は脇も出していくようだ。評価できる。


「あの、グレン? この格好、そんなに変かな……?」


俺が凝視していると、ルークが不安そうに聞いてきた。


「……いや、なかなか似合ってると思うぞ」

「ありがとう……えへへ」


ルークは照れくさそうに笑った。

俺もなんだか照れくさくなってしまった。

なんか、これからデートに行くみたいだ。

ちょっとドキドキしてきたな。


しかし、そんな俺の心臓のドキドキは、次の瞬間バクバクに変わってしまった。

ルークの後ろの扉がギィィと音を立てて開き、中からじいさんが闇をまとい現れた。


「はぁ、はぁ……」


動悸が……激しい動悸が。

前回のトラウマがよみがえり、全身に震えが走る。

やはりこのじいさんはやばい。

魔力とは違う、得体のしれない禍々しいなにかが、体中から溢れ出ている。

生物の本能に危機を迫るような、そんななにかが。


俺の旅は、ここで終わってしまうのか……?


「あ、おじいちゃん! 見送りに来てくれたの?」


ルークがじいさんに明るく振り返る。

じいさんから溢れ出ているものを、まったく気にする素振りもない。

お前にはあの何かが見えていないのか。


じいさんは、ゆっくりとした足取りでルークに近づき、ヨボヨボの口を開いた。


「ルーク、旅というのはあらゆる危険が伴うものだ。山での修行と同じように、いかなる時も心を乱さず冷静に対処し、自分のなすべきことをしなさい」

「うん、わかった。ごめんね、おじいちゃん。家を開けてしまって」

「わしのことは気にするな。お前は思うままに好きなことをしなさい。体にだけは気をつけてな」

「……うん。おじいちゃんも、元気で」


ルークは少し涙ぐんでいた。

じいさんが俺の方を向く。


「お前さんは、ルークの友達だな……」

「!」


俺は身構えた。何が来てもいいように。


「……どうか、孫を頼みます」


じいさんはそう言うと、ゆっくりと頭を下げた。


「え? あ、はい」


何だ……ただの孫想いの、いいじいさんじゃないか。


ちょっと過剰に恐れすぎたか。

よく考えてみれば、あの時の行動もルークのためだったし、そこまで悪いじいさんではなかったのかもしれないな。

あの禍々しい何かも、きっと俺の心が生んだ幻だ。


安心してふと目線を下げると、足元の地面がひび割れていた。

そのひびを目でたどっていくと、じいさんの足元にたどり着いた。

じいさんの足元はバキバキに陥没していて、周りの地面が隆起していた。


「行くぞルーク出発だ! はやく!!」

「ま、まってよグレン! おじいちゃん、いってきます! ブルケイオスも!」


俺はルークとともに、急いでその場を脱出した。

村を出て歩いていると、後ろから不気味な声が聞こえた。


「まてぇ……まてぇ……」


振り向くと、そこには死んだはずのルークの幼なじみ、カオルがいた。

半透明になって地面を這いずりながら、俺達の後を追ってきている。


「まてぇぇ……ルークゥ……そんなやつと旅に出るのは俺が許さん……俺が本当の……お前の幼なじみだぁぁ……」


うわぁ……まじか。

あのおっさん、もしかして幽霊か?

全然旅立ててねぇ。未練タラタラじゃん……。


「どうしたの、グレン?」


ルークはぽかんとした顔で聞いてくる。

どうやら見えていないようだ。


「いや、なんでもない。行こう……」

「まてぇぇ……ルークゥゥゥ……まてぇぇ……」


カオルの声はどんどん遠くなっていき、やがて聞こえなくなった。

おそらく疲れて追いつけなくなったんだろう。

どうか成仏してくれ。ルークの幼なじみは俺が引き継ぐから。

こうして俺達は旅立った。

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