第29話 旅立ち
昼になると、村ではカオルの葬儀が厳粛に行われた。
何やら賑やかなので見に行ってみると、いかつい男達がカオルのものと思われる棺桶を「ショーイ!ショーイ!」というかけ声とともに、みこしのように担ぎ上げていた。
その周りでは、別のいかつい男達が鈴や太鼓を「アーイ!」とか「イィー!」とか鳴らして叫んでいる。
まるで祭りのような騒がしさだ。
これがこの村の葬式のやり方なんだろうか。
それとも、村が助かった祝いと葬式がごっちゃになっちゃったんだろうか。
なんにせよ、俺だったらこんな葬式絶対やだな……。
葬儀の列には、白い喪服を着たルークがいた。
この村の喪服はみんな白いようだ。
ルークは俺を見つけると、優しく微笑んだ。
葬儀が終わってから、村のはずれで俺とルークは落ち合った。
俺達が最初に出会った、あの空き地だ。
「おっさん……なじみのカオルは、残念だったな。その、大丈夫か?」
「うん、ありがとう。まだちょっぴり寂しいけど、大丈夫だよ」
「そうか」
ルークは笑っていたが、まだ元気がなさそうだった。
顔にも疲れが見えていて、目は少し赤かった。
あのカオルという男は、俺にとってはただのイカれたおっさんだったが、ルークにとってはやはり大切な存在だったんだなと、改めて思った。
俺とルークはそこらに転がっていた丸太の上に座り、しばらく言葉を交わさずに黙っていた。
「……あの時、ボクにもっと力があれば、カオル守ることができたかもしれない」
ルークがぽつりと言った。
「ボクは、まだまだ弱い。もっと強くなりたい。誰にも負けないくらい強く……だからボク、村を出るよ。村を出て、強くなって、勇者になったら、きっとまた戻ってくる。もう、誰も死なせないために」
その言葉には、強い決意があった。
俺にというよりも、むしろ自分に言い聞かせるような言葉だった。
「そういえば、お前の父親は勇者なんだよな? じゃあこれからはおっさんが言ってた通り、勇者を目指しつつ、父親を探すのか」
「うん、そうだね」
「顔とか覚えてないのか? さすがに赤ん坊の頃なら無理か」
「……実は、ボクが小さい頃、森で魔物に襲われてるスライムを助けている人がいて、その人が、自分のことを勇者と名乗っていたんだ。ボクはその人に憧れて勇者になりたいと思ったんだけど、今思うとあの勇者は、ボクのお父さんだったのかもしれない」
どこかで聞いた話だな。ていうかプルスのことだな。
あいつもそんなこと言ってたし。
「グレンはこれからどうするの?」
「俺か? 俺もとりあえず旅に出るよ。今はただの魔王だが、いずれは世界的な大魔王にならなきゃいけないからな」
そうだ。手下は失ったものの、俺はまだ大魔王になる夢は諦めていない。
今のところ世界を支配できる気はしないし、他の魔王に勝てる気なんか一切しないんだが、世界的な大魔王にならなれるという自信がある。謎の自信が。
「そっか……それじゃあ、その……君に、頼みたいことがあるんだ」
ルークは少しもじもじした後、改まって俺の目をまっすぐ見た。
うおお……だめだ。そんなにまっすぐ見られると、は、恥ずかしい。
何を頼むつもりなんだ。
まさか告白か? いや、このまっすぐな目は、プロポーズか?
「グレン……」
「ななんだ……」
「……ボクを、君の旅に連れていってほしいんだ!」
「!?」
一体何を言ってるんだこのボクっ娘は?
「お願い! 迷惑はかけないから!」
「いや、あのなルーク、俺は魔王なんだぞ? これから勇者になるってやつが、魔王とそんな関係になったら、世界の秩序的によくないだろ? 周囲にも迷惑がかかるだろうし、そういう禁断の恋の行方はな、大体みんなが不幸になる結末が待ってるんだよ」
「え、え? 恋? あ、あの、グレン? それはどういう……」
「ああ、違う。今のは言葉のあやだ。とにかく勇者と魔王ってのは、敵同士だ。お前が勇者になった時、自分が倒さなきゃいけない相手がそばにいたら気まずいだろ」
あと、フラマも言ってたけど、勇者ってのはこの世界の神が選ぶらしいし、俺なんかといたら勇者になれないかもしれないしな。
「グレンは、ボクが勇者になることを当然のように信じてくれるんだね」
「ああ、俺は魔王だからな。勇者になるやつなひと目でわかるぜ」
俺が自信満々に言うと、ルークは何も言わずに微笑んだ。
本当はルークにめちゃくちゃ助けてもらって、俺にとってはもう勇者にしか見えないだけなんだが。
でもまあルークだって、魔物のいる城に一人で乗り込んだり、村のために戦ったりと、行動がもう勇者なんだけどな。
「たしかに、魔王と勇者は敵同士かもしれないけど、でもボクは、魔王を倒すことだけが勇者の役目ではないと思うよ? それに、ボクは君と一緒に旅がしたいんだ。村を救ってくれて、ボクを勇者と認めてくれる、君と」
ルークはまたまっすぐと俺の目を見て、「だめかな……」と聞いてきた。
こ、これは、やっぱり告白じゃあないのか?
こんな美少女に、こんなまっすぐな目で迫られたら、ノーとは言えねぇ……。
「……いいだろう。この俺に付き従うことを、許してやろう」
俺は精一杯平常心を保ちながら答えた。
「ありがとう、グレン!」
ルークは嬉しそうに笑った。少しだけ元気が戻ったようだ。
ゴォン、ゴォンと、村の方で鐘の音がした。
「なんだ?」
「旅立ちの鐘だよ。この村では、亡くなった人の魂が天国に旅立てるように、ああして鐘を鳴らすんだ。ボクも、そろそろ元気にならなきゃ。じゃないと、カオルも安心して旅立てないからね」
鐘が鳴る。
天にまで届くほどよく響く安らかな鐘の音が、日の暮れかかった村に鳴り続ける。
そうか……カオルは、おっさんは、旅立ったんだ。
長い旅路へ、旅立ったんだ。
第一章 旅立ち
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます