第28話 終戦

「助けてくれぇ」


声が聞こえる。蚊と同じくらい小さくてしゃがれた声が。


「助けてくれぇ」


声は、パンツの魔物の死体がある血溜まりからする。

行ってみると、干からびたミイラのようになったパンツの魔物が、か細い声で助けを求めていた。


「お前……まだ生きてるのか……」


呆れるほどの生命力だ。もはや魔王並みだろこれ。


「助けてくれよ、魔王様……俺はかわいそうな魔物なんだ。人間どもに虐げられてきた、悲しい一族なんだ」

「悪いけど、それは無理だ。助けたって、また俺を殺しにくるだろ? それに、村を襲うだろうし……現におっさんを殺しちまったしな」


俺がきっぱりと断ると、パンツの魔物の顔が一瞬ブチ切れそうになったが、すぐに元の弱々しい顔に戻った。


「……もう、人は襲わない。あんたの前にも現れない。頼むよ……このパンツの中に手を入れて、中のものを二分くらい揉み続けるだけでいいんだ」

「ごめん、それはちょっと、助ける理由があってもできないわ」

「くそがぁ……この魔王でなし……」


パンツの魔物は力なく俺を罵り、そのまま息絶えた。

たしかに俺は魔王でなしだな。魔物も結構殺したし。

でもあんまり罪悪感がわかないのは、俺が元人間だからなんだろうな。


ワアーー。


村のあたりが騒がしい。

どうやらこっちに来そうな気配だ。


「すまん、ルーク! 村人が来るから、俺は逃げる!」

「あ、グレン……」


俺はルークを置いて、村とは反対方向にライトくんと走って逃げた。

しばらく茂みでひっそりと眠り、村人が帰ったのを見計らって元の場所に戻った。


戻ってみるとがれきの山はなくなっていて、崩れたはずの廃城が元通りになっていた。

俺のバウンドのせいで跡形もなく倒壊したはずの真っ黒な廃城は、最初に見た時とまったく同じ姿でそこにたたずんでいる。


恐る恐る中に入ってみると、ボロボロなところも元通りで、相変わらずパラパラとガレキが降ってきた。

無駄にでかい扉をこじ開けて中にはいると、フラマが当たり前のように王座に座っていて、「おつかれさま」と俺を出迎えてくれた。


「悪い、フラマ。大魔王になるとか豪語して、フラマにも助けてもらったのに、そのチャンスをだめにしちまった」


俺はフラマに申し訳なく言った。

手下というのは魔王にとって、共に戦う仲間として大事なものだ。

それを裏切って、しかもみんな殺ってしまったんだから、さすがに怒られるかもしれない……。


「別にかまわないよ。君は君のやり方で大魔王になればいい。例え君が、この先どんなに道を踏み外し周りを不幸にしようとも、私だけは君の味方でいてあげるよ。母親だからね」

「フラマ……」


俺は不覚にも泣きそうになった。

なんだか本当にこの魔神が俺の母親に見えてきた。


「さて、君も今朝の戦いで疲れただろう。この王座を貸してあげるから、少し休むといい」


フラマの言葉に甘えて、俺は王座に深く座った。

石でできた王座は硬く冷たかったが、不思議と座り心地はよかった。



「……そう言えばこの城、ぶっ壊れたはずなんだけど、フラマが直したのか?」


しばらく王座でもたれ続けて落ち着いた俺は、城のことを聞いてみた。


「いいや、勝手に自分で直ったよ」

「へぇ、どういう仕組みなんだ?」

「さてね。私はこの城の持ち主ではないから詳しいことは分からないけど、この城を構成する物質の一つ一つに緻密な魔法が組み込まれているようだね」


まじかよ。ただの廃墟かと思ってたのに、そんなにすごい仕組みになってたのか……ん?


「ここって、フラマの城じゃないのか?」

「ああ、言ってなかったっけ。この城のこと」

「?」


何だ? 何か言ってたっけ?

いや、何も聞いてないはずだ。


「この城はね、一番最初の魔王が千年前に使っていた城なんだよ。裏にある巨大な石碑は彼の墓石だ。つまりここは、君の大先輩の家ってことさ」

「うそだろ……ここそんなとんでもない場所だったのかよ。最初に言ってくれよ。てか俺今、王座座っちゃってるんだけど大丈夫かな。呪われたりしないかな」

「大丈夫だよ。君は以前、もっとひどい醜態をこの王座の前でさらしたろ?」


俺は思い出してしまった。昨日王座の前で盛大にイッてしまったことを。

全然大丈夫じゃなかった。


「……何かあったら助けてくれよ?」


俺は切実に懇願するも、フラマは「あははは」と笑うだけだった。

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