第27話 正体2

「カオル!」


ルークにそう呼ばれた、自分のことを幼なじみと思い込んでいるおっさんは、俺達の前に勇ましく佇んでいた。

右手には剣を持っている。


「話は聞いた。あのもっこりをたたっ斬ればいいんだろ? 俺に任せておけ!」


カオルはやる気満々だ。

このおっさん、本当は強いのか?


「カオル、大丈夫なの? 前に腕が肩まで上がらなくなったって言ってたけど……この間のぎっくり腰もまだ完全に治ってないんでしょ?」


だめじゃん。ガタきてるじゃん。


「心配するな! これでも俺だって、長年勇者を目指して修行してきたんだ。今日は腰の調子もすこぶるいい。腕立ても15回してきた。なんなら20回してもよかった。あんなバケモン楽勝だぜ!」


何かダメそうだなこれ。止めたほうがいいな。


「おいおっさん、無理すんな。たぶんあんたじゃ勝てないぞ」

「黙れ魔物! 性懲りもなくルークの前に現れやがって……お前に幼なじみの座は渡さん! 俺が真の幼なじみであることを、あいつを倒して証明してやる!」


カオルは息巻きながらパンツの怪物へと立ち向かっていった。

あいつ、幼なじみの意味をわかってるのか……?

そう思いつつ、俺はパンツの怪物を見る。


「ハァ、ハァ、グゥゥ……」


どうやらまだもっこりの痛みにもだているようだ。

今ならやつを倒せるかもしれないな。


「おらああああ!」


カオルが剣を思い切り振り上げて、もっこりめがけて襲いかかった。


「あ、肩が! あ、腰が……」

「グオオ……!」


パンツの怪物がブンと横になぎ払った爪が、カオルにモロに直撃した。


「ぐはああああ!」


カオルは口や体から血を吹き出しながらきりもみ回転し、そのまま地面に叩きつけられた。


「カオル!!」


ルークが駆けつける。

やっぱりだめだったか!


「しっかりして、カオル! 今お医者様を呼ぶから!」


ルークが抱きかかえて呼びかけるが、カオルはもう手遅れな状態だった。


「ルーク……俺はどうやらここまでのようだ……」


カオルはか細い声でさっきの俺と同じようなことを言った。

しかし、このおっさんは俺と違って生身の人間だ。

傷は俺と同じくらい深く、血も大量に出ている。

それによく見たら、服装も薄いタンクトップだ。

これはもう、正直言って助からないだろう。


「そんな……死んじゃだめだ、カオル! 一緒に勇者になるって、約束したじゃないか!!」


ルークはポロポロと涙を流した。

そうか……こんなおっさんでも、こいつにとっては小さい頃から一緒に育ってきた家族みたいなもんなんだよな。

一緒に育ったって言えるかわからんけど。


「相変わらず、お前は優しいやつだな……だが、医者は呼ばなくていい。それよりルーク、実は今まで、お前に隠していたことがある」


ルークは涙ながらに首を傾げる。


「隠していたこと……?」

「ああ、お前の父親のことだ。じいさんは、お前に父親はいないと言っていただろう? だが、あれはうそだ。ルーク、お前の父親は、勇者だ。20年前、魔王を倒すために神に選ばれた当代の勇者。名前は『タケル・カレジア』。それがお前の父親だ」

「ボクのお父さんが、勇者……?」


その真実にルークは驚愕していた。

やはりルークには親がいたのか。

それも勇者とは…… まあ、ルークの英雄気質な性格やその能力を見れば、父親が勇者でもおかしくはないか。


「あと、もう一つ言わなくちゃいけないことがある。実は、俺はお前の幼なじみじゃないんだ。俺は、その勇者であるお前の父親の兄、つまりお前の叔父さんなんだ。年齢も16歳じゃなくて、本当は48歳だ。今まで偽っていて、本当にすまなかった」

「え……え?」


え? 本当にえ? だよ。叔父て……まさか本当に身内だったのか。

しかも48歳て、結構いってるな。

一体どういうつもりなんだ。

混乱している、というかもうはや混沌としている空気の中で、カオルは続ける。


「あれは、ちょうど15年前のことだった。魔王を倒すと言って村を飛び出したタケルが、突然帰ってきたんだ。まだ赤ん坊だったお前を腕に抱いて。お前がどこの誰との子供で、どういう経緯で生まれたのかはわからない。だが、その時お前は、強力な呪いにかかっていた。じいさんがその呪いを解かなければ命がやばかったらしい。そしてタケルは……お前の親父は、じいさんと俺にお前を預けて、村を出ていった。また魔王を倒すだなんだと言ってな。勝手な男だよ。その時、俺は決心した。俺がお前の父親になって、お前をちゃんとした人間に育てようと、弟のようにはならせまいと……でも、だめだった。心が豊かで優しいお前を見ているうちに、その優しさにあやかって、いつの間にか俺はお前の幼なじみになっていた」

「カオル……」

「本当は勇者になんてなってほしくなかったんだが……こうなったら仕方がない。ルーク、勇者になれ。そして父親を探せ。あいつは、今もどこかで油を売ってるに違いない。お前は正真正銘勇者の娘、『ルーク・カレジア』だ。悪かったな、ルーク。情けない叔父で。俺は……お前の幼なじみで……幸せ……だっ……た……」

「そんな、いやだよ……カオル……カオル叔父さん!」

「あ、叔父さんはちょっと……叔父さんはやっぱやめて。呼び捨てにしといて……」

「カオル!」

「あばよ……ルーク」


そうして、カオルはこと切れた。

何だかツッコみたいところがたくさんあったが、やめておこう。

それよりも、情報量が多すぎて頭がついていかない。

ルークも泣きながら呆然としている。


「許さねぇ、くそが……クソ野郎どもがぁ! よくもこの俺にこんな屈辱を……絶対に許さねぇ!」


いつの間にか、パンツの怪物が激痛から回復していた。

しかもブチ切れている。

もうちょっとタイミング考えろよ……今そういう状況じゃないんだよ。


すると、ルークが静かに立ち上がった。

小さな肩は、小刻みに震えていた。


「許されないのはお前の方だ。よくもカオルを……ボクの大切な幼なじみを……待ってて、カオル。必ず君の仇を取るから……!」


ルークは目に涙をためながらも、しっかりと前を向いて言い放った。

カオルの亡骸を守るように立つその姿は、間違いなく勇者だった。


「もういい、ふざけた茶番は終わりだ。さっさと死ね! 『フリーズ』!」


パンツの怪物の手から冷気が飛び出す。


「させるかああ!」


俺はルークの前に出て、向かってくる冷気に向かってパンチした。

冷気は俺の腕にまとわりつき、肘のあたりまでを凍らせた。


冷たっ! 冷たすぎて感覚がない!

腕が凍ったのなんか初めてだ。

今日一日で熱いのと冷たいの両方味わってる!


「く……今だ! いけ、ルーク!」

「ありがとう、グレン!」


ルークはグッと踏み込んだかと思うと、一瞬で怪物の前に迫った。


そこから、ルークの激しい猛攻が始まった。

パンツの怪物の周りを、目にも止まらぬ速さで飛び回り、剣で斬撃を加えていく。

怪物の手や足、体中に次々と創傷が現れては、火花のごとく血が飛び散る。


パンツの怪物も左手で股間のもっこりを守りながら、右手で飛び回るルークを捕まえようとするも、あまりの速さに追いつけず、それどころか伸ばした手はめちゃくちゃに切り裂かれた。


「ぐあああああおおおおお!」


パンツの怪物は、やけくそになって爪を振り回す。

しかしルークは振るった腕に飛び乗り、そこから怪物の首筋に強烈な太刀をあびせ、太い首をスパっと斬り落とした。

落ちた首の断面から、紫色の血しぶきが噴水のごとく噴き上がる。


ルークは後ろに飛び、静かに地面に着地した。

地面はパンツの怪物の血で、毒の沼のようになっていた。


「ハァ……ハァ……」


さすがのルークも、あれだけ凄まじい剣撃を放ち続けたせいで、息が上がっている。

まさか首を落としてしまうとは。少女とは思えない力強さだ。


だが、これはさすがにやっただろう。

どんな怪物だって、生き物である以上は首を落とされたら死ぬはずだ。鬼とかも首が弱点だし。これで終わりだ。


しかしやってなかった。

首のない肉塊の腰がフルフルとうごめいている。


「まだ動くのかよ……」


グルン、と肉塊の右腕がありえない方向に曲がり、何かを掴み上げた。

それは、パンツの怪物の斬り落とされた生首だった。

右腕が生首を首の断面へと近づけると、首のまわりからムキムキと筋肉が盛り出し、ピッタリとつながってしまった。

目がぎょろりと開き、口がニタリと笑う。


「ハハハハア。誰にも俺を殺すことはできねぇ!」


パンツの怪物が手をぐるぐる回しながら向かってくる。


やはりもっこりを破壊しないとだめなのか……!

その時だった。


ズルッ!!


という音が聞こえてきそうなくらい、見事にパンツの怪物が足を滑らせ、盛大に転び倒した。

怪物が倒れた衝撃で、地面にたまっていた血が水しぶきのように飛び散った。


そうか、血だ。

ルークに斬られて溢れ出た血が地面にたまり、パンツの怪物の足を滑らせたんだ。

パンツの怪物は仰向けに倒れ、足をM字に開脚させていた。

M字開脚で、もっこりがガラ空きになっている。

今がチャンスだ!


「はあああああ!」


ルークが最後の力を振り絞り、巨大なもっこりを力をいっぱい斬り伏せた。


ブシャアアアアアア! とフレッシュな果汁のごとく、もっこりから血が噴き出した。


「ギャアアアアアア!」


怪物が絶叫する。

血は勢いをとどめることなく、噴き出し続ける。


すると、どんどんパンツの怪物の体が、空気が抜けるように小さくなり、パンツの魔物の姿に戻った。

どうやら、俺達は勝利したようだ。

ルークはカオルの方に歩いていって、亡骸に優しく触れた。


「終わったよ、カオル……」


少女の目から、涙が落ちた。

山の谷間からは太陽がのぼり、あたりを明るく照らしていた。

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