第26話 正体

「ぐうう、ごふっ……」


パンツの魔物は苦しそうに紫色の血ヘドを吐いた。

どうやらこいつは、体だけじゃなく血の色も紫らしい。


「ゆる……さねぇ……許さねぇ」


パンツの魔物は、苦悶の表情を浮かべながらうめく。


「ふざけやがって……使いたくなかったが、こうなったらしょうがねぇ! 奥の手を使ってやる!」


あ、はや。もう奥の手使うんだ。

まあ、立ってるのが不思議なくらい血出てるし、そりゃ使うか。


「ぐおお、うおおおおおお!」


獣のようなうなり声が響き渡る。

パンツの魔物の体が、ゴキゴキと不気味な音を立て、うごめき出した。

まずいぞ……こいつ、変身する気だ!


「おおおおおおおおおお!」


雄叫びとともにやつの体は大きくなり、一気に3m位の大きさに変化した。

何だ、ただの巨大化か……と思ったが、爪のデカさもさっきの倍になり、パンツのもっこりも倍々になっている。

ルークがつけた傷は、いつの間にかもっこりと増えた筋肉でふさがれてしまっていた。


「さあああて! こんどこそてめぇをズタズタにしてやろう」


パンツの怪物がルークの方を振り返る。

そして、巨大な爪を大鎌のようにぶんぶん振り回しながら襲いかかった。


「死ね死ねえええ!」


左右の爪が、様々な方向から空を切って迫る。

しかし、ルークはその身軽さで爪の猛攻を軽々と避け、腕を振ったことでガラ空きになったやつの太い足を、回転しながら切り裂いた。


「ぐおっ……」


パンツの怪物が膝をつく。

そのすきをルークは見逃さなかった。

怪物の首筋に素早く剣で斬りかかる。


そして次の瞬間には、パンツの怪物の首から血がほとばしっていた。


「やったか!? あ……やったな!」


そうだ。やったに決まってる。信じれば大丈夫だ。

変に?マークなんかつけるからいけないんだ。

あんなに血も出てるし、絶対やったに違いない。


いや、やっぱりやってなかった。

メキメキとパンツの怪物の太い首から筋肉が盛り上がり、傷をふさいでしまった。


どうやって倒すんだあんなの。

斬っても斬っても筋肉が傷をふさぎやがる。

足の傷も完全に回復したパンツの怪物が、息を吐きながら立ち上がった。


「ふうぅ……すばしっこいガキめ。ちょこまかと俺の爪を避けやがって。だが、こいつは避けられるかぁ? 『フリーズ』!!」


パンツの怪物が手のひらを突き出して叫んだ。

すると、やつの手から冷気が吹き出し、ルークへと向かっていった。


「よけろ、ルーク!」

「!」


ルークはとっさに避けたが、冷気の一部が右足にまとわりつき、地面を巻き込んで凍りついてしまった。


「つ、つめたい! 足が動かない……これは!」


魔法か!

まさかこんな脳筋みたいなやつが使うとは!


「ハハハハハハハハ! もうちょこまか動けねぇなぁ。これで終わりだあああああ!」


パンツの怪物が勝ち誇ると、股間のもっこりもドンドコドンドコ鳴らしながらルークに向かって全力疾走してきた。


ルークは剣を構えている。受けるつもりだ。

あの爪は絶対にやばい。かすっただけでアウトだ。

ここは俺が行く以外に選択肢はない!


「おおおお!」


俺はルークの前に躍り出た。

そこにちょうど巨大な爪が振り下ろされ、俺の体は切り裂かれた。


「ぐあああああああ!」

「グレンっ!」


一瞬気を失った後、凄まじい痛みで意識を戻された。


「いいっ……てええええ!」


痛い、痛い! 痛すぎてもはや熱い!

傷口から溢れた出た血が体にまとわりついて、体が焼けるように熱い。

俺は思わず膝をつく。


直後、頭の上でガキン! という耳をつんざくような金属音が響き渡った。

上を見ると、ルークが巨大な爪を剣で受け止めていた。


「ぐううう!」


剣を持つ細い腕が小刻みに震えている。まずい。

ルークは足が凍っているのと、俺がここにいるせいで動けないんだ。


くそ……どうすればいい。


俺が死ぬのは確定的だが、ルークまで死なすことはできない。

それに何だか、このパンツ野郎にムカついてきた。

せっかくルークが助けに来てくれて、いい展開だったのに、空気を読まずこの俺を殺すとは……なんとか、このもっこり野郎に一矢報いてやりてぇ。

もっこり野郎、もっこり……。


「…………」


顔を上げると俺の目線のすぐ先に、もっこりがあった。

いついかなる時もパンツの中から自己主張を忘れず、巨大化したことでさらに存在感が増してしまったこのもっこり。

今は俺の頭くらいの大きさだ。


「……ぬん!」


俺はもっこりめがけて、思い切り頭突きを放った。

意外と硬くて弾力のある、なんとも言えない感触が頭に伝わってくる。


「ギャアアアアアアアアアア!」


あまりに痛かったのか、パンツの怪物が断末魔のような悲鳴を上げ、前方に吹っ飛んだ。


これでなんとか、一矢報いることができたぜ。

俺はルークの足元に仰向けに倒れ込んだ。

すると、俺の体から流れ出た血が、ジュワジュワと足元の氷を溶かし、ルークが動けるようになった。

まさか俺の血にこんな力があったとは。

今更わかったところでもう遅いが……。


「グレン、グレン! ごめんよ、ボクをかばったせいで……」


ルークが目に涙をためながら、俺の体を支える。


「すまん……ルーク。どうやら俺は、ここまでのようだ……」

「いやだ……いやだよ! グレン、死なないで……」


悲しそうなルークの顔を見ながら、俺の意識は遠のいてゆく。


「俺は、もうだめだ。傷が深いし、血も流しすぎた。ルーク……俺の墓には女性用の下着を、いてっ……使用済みじゃなくて、所有済みの、いてっ、下着を、いてっ……いててて、ちょっ、ライトくん、いてぇよ。そこ傷口だよ、いててて」


ライトくんがさっきから、何故か俺の傷口を指でつんつんしてくるせいで、まったく安らかに逝けない。

今はちょっと遊んでる余裕ないんだが……。

あれ? ていうか血、止まってない?

今どういう状態なんだ?


俺は服をめくって、傷の状態を確かめてみる。

すると、思ったよりも傷口が小さかった。

というか、ふさがりつつあるのか?

意識もなんかはっきりしてる。

どうやら回復力も魔王並だったようだ。


「グレン……大丈夫なの?」

「……ああ、まだ大丈夫だったみたい」

「よかったぁ」


ルークは心底安心したような顔をする。

染みるぜ。優しさが目に染みて、前が見えないぜ……。


「ガ……ハ……ハァッ」


呼吸困難みたいな息遣いが聞こえる。

前を見ると、パンツの怪物が足をM字開脚しながら倒れており、股の間のもっこりが、バクバクバクン! と狂ったように暴れている。


あのもっこり、さっきもあんなふうに動いていたような……まてよ? あれは本当に、正規のもっこりなのか?

もっこりにしては丸みがありすぎるし、さっき頭突いた感触もボールみたいな弾力のあるものだった。

普通だったら、もっと柔らかくてモニュッとしているはずなのに……。


俺はパンツの怪物のもっこりを凝視する。

血管のような筋が浮き出ていて、縮んだり大きくなったりしながら、激しく脈動している。

あれではまるで……。


「! そうか、わかったぞ! あのもっこりは、ち○ぽのもっこりじゃない! あのもっこりは……心臓のもっこりだ!」


魔物

チンゾウデビル……ち○ぽが心臓になっている魔物。色欲のデビル族。この魔物の心臓はチンゾウと呼ばれており、停止すると絶命する。

一時期その大きさ故にち○ぽコレクターの間でブームとなり、ち○ぽハンターに「チンゾウ」を狩られまくって絶滅寸前まで追い込まれたため、人間を憎んでいる。

黒いブーメランパンツは、生まれた時から履いている。

本当のち○ぽがどこにあるのかは、誰にもわからない。


「やつが巨大化を使いたくないと言った理由がわかったぜ。体と同時に、あのもっこりも巨大化してしまうリスクがあったからだ。つまり、あのもっこりがやつの弱点だ! あれをぶった斬れば、やつを倒せる!」

「あ、あのふくらみが心臓なの? どうしてあんなところに……」

「わからん。だがあまり深く考えるな。頭がおかしくなるからな」

「う、うん。とにかく、あれを斬ればいいんだね?」

「そうだ!」


ルークは黙って頷くと、剣を構えてもっこりへと近づいてゆく。


その時、ルークの前に何者かが躍り出た。


「助けに来たぜ、ルーク」

「! 君は……」


そいつは、ルークの自称幼なじみ、カオルだった。

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