第25話 スケ立ち

その爪は、やつの体の色と同じように毒々しい紫色で、えげつないくらいに尖ったさきっちょは、「俺に触れたらめちゃくちゃ痛いぞ」というのを痛々しいほど伝えてくる。


「おい、待て! さすがにそれはズルいだろ! 爪は危ないって、怪我するって!」


俺は唐突に出てきたその武器に対して猛抗議する。


「こいつでてめぇの肉をズタズタに引き裂いてやる!」


しかし、パンツの魔物は聞く耳を持たない。毒々しく光る凶悪な爪をこちらに向け、襲いかかってきた。


「ひえぇ」


俺は腰を抜かしてしゃがみ込む。

もうだめだ。あんな爪、反則だ。

タイマンなら勝てる気がしたけど、あんなごく太の爪。

しかも両手合わせて10本だ。ナイフが10本あるようなもんだ。

もう終わりだぁ。


「死ねええええええ」


パンツの魔物が俺に向って爪を振り上げる。

もうだめだぁ。

俺は諦めて股を開いたまま目をつむる。


ジャキン、という刃物がぶつかり合うような音がした。

目を開けてみると、そこには尻があった。

短パンを履いた、プリティな尻だ。


その尻の正体は、白銀色に輝く髪をなびかせる凛とした佇まいの少女、ルークだった。

ルークは、パンツの魔物が振り下ろした凶悪な爪を、その髪と同じく銀色に輝く剣で受け止め、その場にとどまっていた。


「はぁっ!」


ルークが声を上げ、剣に力をこめる。

パンツの魔物は押し返されて後ろに飛び退った。


ルークはこちらを振り返り、顔をほころばせた。


「助けに来たよ、グレン」

「ルーク、何で……」


俺は正直めちゃくちゃ嬉しかったが、何で助けに来てくれたのかわからなかった。

途中でやめたとはいえ、俺は村を襲おうとしていたのに。


「やっぱり君は、心の優しい魔物だったんだね。村を救ってくれて、本当にありがとう! それとごめんね、君を信じてあげられなくて」


ルークは俺にお礼を言うとともに、少し申し訳なさそうな顔をした。

優しいのはお前の方なんだが……しかし、ルークは俺のことを勘違いしている。俺はそんな大層なやつではない。

ここでルークの好意を素直に受け止めれればどんなにいいかと思うが、それだと俺はまたこの少女をだますことになってしまう。


「いや、ルーク。残念だが、俺は悪い魔物だよ。村人に怪我を負わせたのは事実だし、さっきだって本当は直前まで、村人を見捨てて自分だけ逃げようと思ってた。だから俺は、お前の思ってるほど優しい魔物じゃあないんだ」


俺は自分の本性を明かした。

魔王と名乗ってはいても、所詮はビビリで小心者の童貞なのだということを。

だがそんな俺の本性を知っても、ルークの態度は変わらなかった。


「だからこそだよ。君は魔王という立場にありながらも、ボクやボクの村を救ってくれた。魔物達に殺されてしまう危険もあったのに、勇気を出して一人で戦った。ヨンガスくんのことだって、先に手を出したのは彼だったって、村の娘が言ってたよ。だから、ありがとう、グレン。君は間違いなく、心の優しい魔物だよ」


ルークは俺に向って、天使のように微笑んだ。

俺は涙が出そうになった。

こんなふうに優しい言葉をかけられたのは、いつぶりだろう。

ルークの言葉に心が浄化され、思わず成仏してしまいそうになった。もう一回死んでもいいかもしれない。


「てめぇ、昨日城に来た小娘だな? やっぱり生きてやがったか」

「!」


そういえば、こいつがいたんだった。

あまりに感動しすぎて、あとこいつが全然会話に入ってこなかったせいで、完全に忘れていた。


「さがってて、グレン。あいつは、ボクが倒す!」


そう言ってルークは前に踏み出し、パンツの魔物と対峙した。


「倒すだと……? この俺を、お前ごときが?」

「待て、ルーク! あいつの爪はやばい。ひっかかれたら怪我するぞ!」


俺はルークに叫ぶ。ルークは剣を持ってるが、やつは爪が10本、両手で二刀流で、少し不利だ。


「大丈夫! ボクは勇者になるために、今までたくさん修行してきたんだ。あんなやつには負けないよ!」


ルークはキリッとした顔で言った。

パンツの魔物の眉間がピクリとした。


「そんな自身があるならしょうがねぇなぁ、勇者くんよぉ……その肉かき乱して、ズタボロの雑巾みたいにしてやるよ」


やつは殺意をむき出しの笑みを浮かべたかと思うと、自慢の爪を大きく広げながら突進してきた。


俺は身構える。万が一の時は、俺がルークを守らねば!

しかし、次の瞬間当のルークは消え、俺とパンツの魔物の目が合っていた。


「あぁ?」


俺は一瞬焦ったが、ルークはすぐに姿を現した。


パンツの魔物の後方。

体の向きはさっきと同じ前を向き、剣を振り下ろした状態で立っていた。


突風が吹く。

すると、パンツの魔物の左肩から脇腹あたりにかけて斜めの線が生まれ、裂け目から紫色の血潮が勢いよく噴き出した。


「ぐあああああああ」


太い悲鳴が上がる。

俺は瞬時に何が起こったのか理解した。

そうだ。よく考えたら、心配する必要なんてどこにもなかった。


昨日俺は体感したはずだ。ルークのえげつない速さを。

魔王の俺ですら避けられないこの一太刀を、こんなパンツが避けられるはずがない。

ルークにとって、こんなパンツ以外の部分はノーガードのやつに一太刀をあびせることなんて、造作もないことだった。


しかし、こういういつの間にか後ろにいて、いつの間にか切られてるって、本当にできるんだなぁ。

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