第23話 開戦
そして、夜が明けた。
結局俺は、緊張して一睡もできなかった。
手だけの魔物ーー手マモンと腕相撲とかしてたら、いつの間にか朝になっていた。
コンコン、と食堂のドアを叩く音が聞こえた。
「魔王様。出発の時間です」
ついにこの時が来てしまったか……。
わかってはいたが、今日の俺は何も思いついてなかった。
ドアを少しだけ開けて顔を出すと、見たくない顔があった。
どうせこのパンツ野郎は、俺をどうやって殺してやろうか、とかそんなことを考えているんだろうな。
「やっぱ午後からにしない?」
「…………」
「冗談だぜぇ」
城の外に出ると、魔物達がみんな集合していた。
時計がないのでわからないが、あたりは薄暗く、日も登ってないので、たぶんまだ朝の4時くらいだろう。
こいつらみんな早起きだな。
「ついにこの時が来たああああああああ!」
うわうるさっ。俺はビクッとした。
「今こそ調子に乗った人間どもをぶち殺す時だ! やつらを殺す準備はできてるかあああああああ???」
「「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」」
「あそこにある全てが俺達のものだ! 奪え、壊せ、踏み潰せ! 今までの恨みを晴らしてやれ! やるぞお前らあああああああああああああああああああああ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
そんな感じて盛り上がっている中、俺は冷静に考えていた。
よし、逃げよう。
やつらは昨夜の会話通り、村を襲った後に俺を殺すだろう。
今の俺の身体能力なら、全力で走れば逃げ切ることができるはず。
村人に関しては大丈夫だ。
きっと、ルークが山とかに避難させたに違いない。
ルークと別れてからかなり時間も経ってるし。
たぶん村は、こいつらの手におちる。
いきなり居場所を奪われる村人達にしたらたまったもんじゃないだろうが、殺されるよりはマシだ。
人間生きてりゃ何とかなる。またどこか、住める場所を探せばいい。
そうだ、なんの問題もない。
ルークを逃したことで村人を見殺しにせずに済むし、俺も殺されずに済む。
なかなかいい着地点だ、さすが俺。
よし、すぐに逃げよう。先頭とかに立たされる前に。
やつらは相変わらず雄叫びを上げている。
今だ、今がチャンスだ!
「…………」
もう少し……もう少しだけついていくか。
別に逃げようと思えばいつでも逃げれるし、もう少しだけ。
村人がちゃんと避難したのかとか、気になるしな。
「いくぞお前らあああああああああああああああ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおお!」」」
パンツの魔物が雄叫びを上げながら、魔物達を率いて先頭を歩いてゆく。
これならいつでも逃げれるな。
ていうか俺いらなくね?
もうあいつが魔王名乗ればいいのに。
俺達は徒歩でぞろぞろ歩いていった。
しばらく歩くと村はすぐに見えた。するとパンツの魔物が
「そろそろ村につく! 準備はいいかお前らぁ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
また騒いでるよ。こんなに士気上げる必要あるか?
でもこれだけ騒いでも村で動きがないってことは、たぶん避難は終わってるってことだろう。
まあ念の為、見てみるか。
俺は目を凝らしてみる。
村には誰もいなかった。家の中まではわからないが、外は人っ子一人出ていな……いや、いた。
村の入り口に、人が立っていた。
腰に剣を携えた少女。
俺にはそれが誰か、ひと目でわかった。
ルークだ。
ここから先は誰も通さないとでも言うように、村を背に堂々と立っている。
……やっぱりか。やっぱり残ったか。
そんなような気はしていた。
正義感の強いルークのことだ。
おそらく村を守るためか、もしくはおとりになるために、自分だけ残ったってとこだろう。
これだけ大勢の魔物達を、一人で相手取るつもりだ。
俺は一応、忠告はした。
村の襲撃を止めることはできないと言ったし、村人を連れて逃げろとも言った。
昨日城に来たときに、こちらの戦力も把握していたはずだ。
それなのに、ルークは残った。
ならそれは、ルークが覚悟を決めて選んだことだ。
俺にはどうしようもない。
俺はいずれ、世界を支配する大魔王になる男だから、ここで死ぬわけにはいかない。
それに、前世で俺は一度失敗した。だからもう二度と失敗するわけにはいかないんだ。
そうだ。仕方ない。
俺がルークを見殺しにするのだって、仕方ない。
「…………」
だってそうだろ。
こんな大勢の魔物、俺にどうにかできるわけないし。
それにルークなら、あいつはめちゃくちゃ強いから、ワンチャン魔物を全員倒せるかもしれない。
そうだ。ここはルークの強さを信じよう。
あいつは勇者だから、きっと成し遂げられるに決まってる。
だから早く逃げなければ。
こうしてる間にもどんどん村が近づいてゆく。
ルークの姿もどんどん大きくなってゆく。
早く逃げよう。手遅れになる前に早く……。
その時、俺の股間に激痛が走った。
また手マモンが俺の息子を思い切り握りしめていた。
「いてっ、いててて! もげる! もげるからやめろ!」
その手を掴んで離すと、手マモンは地面に着地し、俺の方に手のひらを向けて、そのまま一歩も動かなかった。
それはまるで、俺に何かを訴えかけているようだった。
「…………」
本当にこれでいいのか?
ここで何もせずにみっともなく逃げていいのか?
俺が昨日、ルークを助けたのは何でだ?
ルークが俺の心を救ってくれた恩人で、死なせたくないと思ったからじゃないのか?
逃げようと思えば、昨日の夜中にでも逃げれたのに、そうしなかったのは何でだ?
童貞だ腰抜けだとバカにされて、魔王だからと俺を利用しやがったあの野郎どもを、どうにかしてやりたいと思ったからじゃねぇのか?
このままルークを見殺しにして、こいつらの思い通りにさせて、俺は本当にそれでいいのか?
俺は自分の股間ではなく、心に問う。
いや……いいや! いいわけがない!
何が大魔王だ。何が世界を支配する、だ。
こんなところで少女一人も助けられずに、へっぴり腰で逃げるやつが、そんな大層なもんになれるわけあるか。
それになんだ。前の人生では失敗したから、二度と失敗するわけにいかない?
ハッ、笑わせんな。
人間関係を築くのにも失敗、就職するのも失敗、童貞卒業にも失敗……義母さんが事故で死んだ時もそうだ。あの人はきっと、俺に前を向いて生きて欲しいと思ってたのに、結局俺は立ち直れなくて、ついには生きることにも失敗した。
こんな失敗しかしてこなかったやつが、生まれ変わったところで、成功なんかできるわけねえだろ。
第一、そうやって逃げた結果、前世ではどうなった?
成功はおろか、失敗すらもできない、ただの引きこもりになったんじゃなかったのか?
そんなふうになるくらいなら、失敗を恐れて失敗すらできなくなるくらいなら、全力でヘマをして、全力で失敗したほうがマシだ。
そうだ、失敗してやればいい。
失敗して、失敗して、失敗して、失敗しまくって、全部めちゃくちゃにしてやればいい。
それが俺だ。柳田小太郎ではなく、魔王グレンとしての生き方だ。
誰かの思い通りになんか、絶対になってやるもんか。
俺は前を歩く魔物達に向って、全力で叫んだ。
「まちやがれ! てめぇら!」
魔物達が一斉に振り返り、俺を凝視する。
パンツの魔物も振り返って俺を見た。
「おや? どうしたのですか、魔王様? まさか怖気づいた、なんて言いませんよねぇ?」
「怖気づいた! その通りだ! だから村を襲うのは中止だ! これは魔王の命令だっ!」
ガヤガヤと魔物達がざわめく。
パンツの魔物は明らかに不快感をあらわにした。
「おやおや、こんなところで怖気づくなんて、本当にみっともない! やはり人間が怖いのですか? あなたは腰抜けの魔王なのですか?」
「うるせぇこのパンツもっこり野郎が! もうてめぇの挑発には乗らねぇよバーカ」
「あぁ?」
パンツの魔物の顔面の血管が、メキメキと音を立てて浮き上がる。怒りで顔がエライことになっている。
こわっ……。
「……ふん。もういい。てめぇみたいな腰抜けはもういらねぇ。てめぇなんかいなくても、村の人間を殺すことなんざ簡単にできる。せいぜい無様に逃げ回るがいい! 村人を殺したら、次はてめぇの番だ」
パンツの魔物はドスのきいた声で吐き捨てた。
だが俺はやつを見返す。
「それはどうかな?」
「あぁ!?」
俺はパンツの魔物から目を離し、その他大勢の魔物達を見る。
「おい、魔物ども! てめぇらの目は節穴か? 村人なんかよりも、よっぽど高級なごちそうがここにあるぞ!」
「?」
魔物達は首を傾げる。
「俺だよ、俺! 俺は誰だ?」
「ドウテイ?」
「黙れ! 俺は魔王だ! 魔物の中の王だ! 知ってるか? お前たち。魔王を食べた者はな、魔王になることができるんだ! 最強の力を手に入れることができる! あと、魔王の肉はめちゃくちゃうまいぞ! ものすごく甘酸っぱくて、さくらんぼみたいな味がするぞ! どうだ、俺がうまそうに見えてきただろ? ホラホラ、ホラホラホラ! どうだ、ホラ!」
俺がこれみよがしに体を見せつけると、魔物達はよだれを垂らして欲情しはじめた。
「おい、お前らだまされるな!」
「ついてきやがれ、このまぬけども! 俺を食いたかったら捕まえてみろ! 早いもの勝ちだ!」
俺は村とは真逆の方向へ、全速力で走る。
「ゴハン! ゴハン!」
「チカラ……チカラ、ホシイ!」
「タベル! チェリィ、タベル!」
魔物達は予想通り、全員俺についてきた。
「おい、止まれお前らぁ! おい! ちくしょう、あの野郎……殺してやる!」
パンツの魔物の悔しそうな顔が遠目で見えた。
ざまぁ見やがれ。
俺の戦いが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます