第21話 キックオフ
「魔王様! そろそろ食べ終わりましたか? 魔王様ぁ!」
ドアの向こうからやかましい声が聞こえる。
「ああ、食べた! ちょっと待ってろ!」
まったく、食事くらいゆっくりさせてほしいぜ。
食べてないけど。
俺はルークの生首に『擬態』したプルスを手で持ち、ドアの前に立った。
くそ、めちゃくちゃヌルヌルする。
それに、緊張で手も震えている。
スベって落とさないようにしなければ。
大丈夫だ……俺は魔王だ。よし。
「いくぞ、プルス。何があっても『擬態』は解くなよ」
「は、はい!」
「しゃべるな!」
覚悟を決めて、ドアを開ける。
すると、結構な数の魔物がドアの前で待っていた。
俺の手に持っている生首を見るや、よだれを垂らしたり、「ウマソウダ」とつぶやくやつが何匹かいた。
どうやら偽物だとバレていないようだ。
「あの小娘をお召し上がりになったようですね、魔王様」
魔物達の先頭にいたパンツの魔物が、不気味な笑みを浮かべて生首をじろじろと見てくる。
「まあな。でも俺にとって人間は、頭が一番美味しい部分だから、まだ食べ終わったとは言えないけどな」
適当なことをこきながら何とか平静を装うが、プルスの『擬態』もいつ解けるかわからない。
早く会話を終わらせて、この場から立ち去りたい。
「おや? その首、何やら溶け出していますよ?」
「!?」
見ると、生首の頭から汗のような液体がドバドバと溢れ出ている。
まずい。おそらくこれは、プルスがガマンすることによって出る……液体だ!
プルスに限界が来てるんだ……!
「あれぇ? 暑いから溶けちゃったのかもしれないなぁ。も、もったいないなぁ。レロレロ、チュパチュパ、レロチュパ……」
俺は必死にその液をレロチュパしてごまかそうとする。
「ひえっ」
「おや!? おかしいですね? 今その首がしゃべったように見えましたが!?」
「あぁぁ、ごめん。今の俺の腹だわ。この首食べた過ぎて、腹の音がなっちまったわぁ。たまんねぇわぁ。じゃあ俺、この首食べるから。みんなまた明日な。おやすみ」
だめだ。もうこれ以上はごまかしきれない!
そう思い、強引にでも食堂に戻ろうとした時。
スルッと、俺の手から生首が滑り落ちた。
「あっ」
首は何回かバウンドしてから、コロコロと床を転がっていき、魔物の群れの真ん中で停止した。
魔物達は一匹残らず、自分たちの足元にある生首を凝視している。
奇々怪々の異形達の顔が、みるみる獣の形相へと変わってゆく。
プルスの顔が引きつる。
一触即発。
その時、俺の頭の中で甲高い笛の音が鳴った気がした。
「うおおおおおおお!」
俺は群れの真ん中に飛び込み、思い切り生首を蹴り上げた。
蹴られた生首は、サッカーボールのように跳ね上がり、大広間の真ん中に落ちた。
俺は走ってそいつに追いつき、生首でドリブルをしながら城の出口を目指した。
「わあああ」
と、プルスが小さな悲鳴を上げたような気がした。
だが俺はその時、ゾーンに入っていた。
ここは試合の始まったフィールドで、目の前で蹴っているそいつは、ボールにしか見えなかったのだ。
「ギィエエエエ」
「クビ! クビ!」
「ゴハン! バンゴハン!」
後ろから魔物達が生首を奪い取ろうと追いかけてくる。
とられてたまるか……!
俺は風のように疾走する。
後ろや横から迫る魔物達のスライディングも次々とかわしていく。
もはや、誰にも俺を止めることはできない。
ゴールが目前に迫った時、どこからともなく、異様に手のでかい角刈りの魔物が現れた。
そいつは巨大な手を大きく広げ、ゴールキーパーの如く俺の行く手を阻んでいる。
俺を止めるつもりか……。
幸い城の扉は開け放たれている。
やつの後ろにこのボールを運ぶことができれば、俺の勝ちだ。
一度きりのチャンス。失敗は許されない。
「止めてみやがれええええええ!」
俺は右足に力を込め、渾身のシュートを放った。
「あぁぁぁ」
ボールは左にカーブを描き、そのままゴールするかと思われた。
しかし、そこに巨大な手が現れた。
キーパーが、ボールが飛んできた方向に思い切り跳躍したのだ。
ボールはキーパーの手に弾かれて、フィールドに戻される。
しかし俺は、その瞬間を見逃さなかった。
俺は弾かれたボールのところに走っていき、宙に浮くそいつに向かって、渾身のパンチを繰り出した。
「らああああああああ!」
ボールは再び前方へと飛ばされる。
「ぴえぇぇぇぇ」
そしてキーパーの横を通り抜け、見事に城外の暗闇へと消えた。
何匹か魔物達が後を追って城の外へ走っていく。
「……しゃ!」
俺は小さくガッツポーズを決めた。
我ながらナイスシュートだ。
そしてすまん、プルス。何とか逃げてくれ。
あまりに激しいプレイだったせいか、天井からパラパラとガレキが落ちてきた。
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