第20話 偽装

「魔王様! 娘はどうなりましたか!」


ドアの向こうからパンツの魔物の叫ぶ声がする。


「え? いや……別に逃してないけど!?」

「逃がす? 何を言ってるのですか? 魔王様」


ああああ何言ってんだ俺!?


「たっ、食べてる! 娘食べてるから!」


俺はテーブルに転がってたフォークとかナイフをカチャカチャ言わせて、なんとかごまかそうとする。


「おや、お食事中でしたか。これは失礼しました。それでは食べ終わった後に、首を残しておいていただけますか?」

「はぁ!? 首?」

「大変失礼ながら、魔物達の中には魔王様が本当に娘をお食べになるのか、疑わしく思っている者もおりまして。もちろん私はそんなこと微塵も思ってませんが!」


絶対思ってやがる。つーかこいつが提案したに違いない。


「いや、食べてるっていうか、実はもう食べ終わったんだけど……」

「ではお願いしますね、魔王様。必ず首をお持ちください」


最悪だ。なんで最初に食べ終わったって言わなかったんだ。

くそ、どうする。

首なんか用意できないぞ。

もういっそ俺も裏口から逃げるか?


ーーその時、俺の股間に激痛が走った。


「いてっ、いてててて! もげる、もげる!」


何者かが、俺の息子を思い切り握りしめている!

俺は、自分のいちもつを握っていた何かを急いで掴み上げた。

見ると、それは人の手だった。


「うおおっ! 何だこれ!?」


反射的にそいつをぶん投げる。

すると「手」は地面を指で弾いて、うまく手首で着地した。

何だこいつは。手だ。赤い色をした人間の右手だ。

いや、そういえば王座の間にいた魔物達の中に、こんなやつがいたような……。


「それは『手マモン』という魔物だ。この城に住み着いている無害な土の精霊だよ」


ささやくような、女の声がした。

それは、相変わらず楽しそうな笑みを浮かべながら言ってるんだろうというのがわかるような、よく知った声だった。


ボボボッ、と部屋にある全ての松明やろうそくに火が灯り、あたりが一気に明るくなった。


「魔神様!」


プルスが叫ぶ。


「やあ、プルスくん。さっきぶりだね」


長いテーブルの先にあるひときわ目立つ豪華な椅子に、魔神フラマクルスが座っていた。

案の定、ご機嫌な笑みを浮かべながら。


「フラマ! 今までどこにいたんだ!?」

「ずっと君のそばにいたよ。いやぁ、それにしても、この短い間にここまで手下を増やすなんてね。さすがだよ、グレン。君を生んだ母としては鼻が高いよ」


フラマはわざとらしく笑いながら言う。

悪魔かよこいつ。

俺はできうる限り顔面にシワを寄せながらフラマを見る。


「あははは。冗談だよ。それで、どうするんだい? 君の手下は、君がさっき逃がした少女の首を所望しているようだけど」


どうやら本当にそばにいたようだな。

じゃあちょっとくらい助けてくれや……いや、ていうか


「フラマ、助けてくれ。もうこの状況は俺にはどうすることもできない。何とかしてくれ。頼むよ、フラえも〜ん……」


俺はフラマに抱きつくような勢いで頼んだ。


「あんなこともこんなことも叶えてくれる便利な存在なんて、この世にはいないんだよ」


フラマは真顔でそう言いながら、椅子を引いて俺を避けた。


そんなっ!

さっきはあんなに優しくよしよしとかしてくれたのに!


俺は心の中でも頼み込む。


ーー頼む! 頼む、フラマ! フラマ……ママ!


「……まったく。しょうがないなぁ、君は」


フラマの顔が少し緩んだ。

おやっ、これは?


「でも、私に頼むより、プルスくんに頼んだ方がいいんじゃないかな?」

「? プルス?」


プルスを見ると、きょとんとした顔をしている。

きょとんとした、顔。顔……はっ。


「プルス、『擬態』だ! お前の『擬態』の能力を使うんだ!」

「『擬態』……ですか?」

「そうだ! さっき逃した娘、ルークの顔は覚えてるか!?」

「は、はい。でも僕、人に『擬態』するのは苦手で」

「真似するのは顔だけでいい! ルークの生首を偽装するんだ!」

「は、はい! やってみます!」


俺が説明すると、プルスは察してくれたようで、早速顔みたいな体をぐにゃぐにゃし始めた。


そうしてできたルークの顔は、期待してたのを遥かに超える出来だった。

しかし、見開いた目や口から謎の液体がだらだらと流れ出ているおかげで、案の定その再現率に比例するホラー生首が出来上がっていた。


「グロ……グロいよお前」

「すみません……」


しゃべった顔もグロい。ゾンビみたいだ。


「まあ、見ようによっちゃリアルだし、これでいいか」


すると、フラマがふむふむと近づいてきた。


「中々よくできてるけど、ちょっとゴアが足りないかな?」


そう言うとフラマは、プルスの上に指をかざし、赤い液体をツーと垂らし始めた。


え? なにしてんの?

あれ血?

うわぁ、体の力が抜けるひぃぃ。


と思ったが、そこまできつくないな。

むしろ、フラマの血を美しいとすら感じる。

前世では、血とか見ただけで気絶しそうになってたが、これも転生した影響なのか?


「うん、これで完璧だ」


何が完璧なのかはわからないが、プルスの顔が血まみれになり、さっきよりスプラッターさは増したようだ。


「さて、あとは君がうまくやるだけだ」


そう言いながら、フラマは徐々に透明になっていった。

また消えるのか。


「そばにいてくれないのか?」


俺はダメ元でフラマに問う。


「そばにいると、君はすぐに私を頼ろうとするだろう? 君は魔王なんだから、このくらいの窮地は乗り越えなきゃね」

「そうだ、フラマ! 俺は今とんでもない窮地に立たされている! 何でかわからないが、明日村を襲うことになっちまったんだ! どうにかしてくれ! おい……おい!」


フラマは答えることなく、微笑みながら消えていった。

透明になることで、服が透けて中身が見えないかなと思ったが、見えなかった。



魔物

手マモン:赤い手だけの魔物。基本は温厚な性格だが、たまに思い切り人のいちもつを掴むことがある。

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