第19話 うまそうではあった

やってもうた。ほんまにやってもうた。

完全に明日村に凸りにいく流れになってもうた。


最後の言葉にカチンときて、つい勢いで言ってしまった。

ちくしょう、最後に言ったやつ誰だ?

ゴブリンか? ふざけやがって……。


まずい。ルークが絶望的な表情をしている。

やっぱり今のなし、とか言ったらだめだろうか。


「さて、ではこの小娘の処遇は我々に任せてください。こんな小娘でも、腹の足しくらいにはなるでしょうからね。ククク」


パンツの魔物がニヤけながら言った。


「は? まさか食べるのか?」

「ええ、もちろんです。我らは明日村を襲うのですから。今から少しでもなにか食べて、体力をつけなければなりません」


パンツの魔物が舌なめずりをしながらルークに手を伸ばす。

ルークはぎゅっと目をつむり、体を縮めた。


「ま、待て!」


俺はとっさに叫んだ。


「はいぃ? なんですかぁ? 一体なんですかぁ、魔王様? まさか、この娘を食べるな、などということを言ったりはしませんよねぇ? 魔王様ともあろう方が人間を助けるなどと、そんなことは言いませんよねぇ?」


パンツの魔物は笑ってるのか怒っているのかわからない歪な顔を俺に近づけてくる。


「こ、この娘を……」

「この娘をぉぉぉぉ?」

「食べ……」

「食べぇぇぇぇ?」

「……る」

「る?」


俺はパンツの魔物を見返す。


「そうだ……この娘は、俺が食べる」

「ほう、あなたが?」

「ああ、俺は昼間から何も食べてなくてな。明日は激しい戦いになるだろうし、魔王の俺が肝心なときに戦えなかったらだめだろ? だから、俺が食べる」

「……では、食べてください。どうぞ」


やつは召し上がれみたいな感じでルークを手で指した。


「いや、その、俺はあんまり人前で食事するのは好きじゃないから、一階で食べる。誰も見に来んなよ。ほら、立て」


俺はルークの腕を持って立ち上がらせ、不満そうな魔物達を横目に、部屋を出た。


「魔王様……」


出口の近くで、プルスが隅から現れた。


「おおっ、プルス。お前も来い!」

「は、はい!」



俺達はそのまま階段を下った。

ルークはうつむきながらも、なすがままに歩いていた。

大広間に降りると、とりあえず適当なドアを開けて中に入り、奥へと進んだ。


真っ暗でよく見えなかったが、やがて食堂のような大部屋にたどり着いた。

真ん中に貴族が食事をするようなクソ長いテーブルがあり、イスがいくつも並んでいる。


俺はその中の一つに、ルークを座らせた。

テーブルに火付け石が転がっていたので、それで燭台に火をつける。


「ふんっふんっ」


初めてだったが、割と簡単に火花が出てくれた。火付け石は壊れてしまったが。


改めてルークの方を向く。

ルークは不安そうに俺を見上げながら


「ボクを、どうするの?」


さて、どうしたものか。

やつらにはああ言ったが、やはり人間を食べる気にはなれない。

美味しそうに見えないかと言われたら決してそうとは言い切れないけども。

よく考えたら薄暗い部屋に、下パンツだけ少女を連れ込んでるわけだし、ちょっといけない気分になってきてはいた。


「グレン、魔物達に村の人達を襲わないように言ってよ。魔王の君の言う事なら、彼らも聞いてくれるでしょ?」


ルークはすがるような目で俺を見て言った。

そこに先程の凛とした勇者の姿はなかった。


「ボクのことは好きにしていいから、お願い……お願いします!」


ルークはペコリと頭を下げた。

後ろからパンツが見えることも厭わない、誠心誠意のおじぎだった。


え? ほんとに? 好きにしていいの?

いやいや、そうじゃない。


「残念だが、それは無理だ。俺はさっき、行くって言っちゃったからな。俺にも魔王としての立場があるんだ」

「そんなぁ……」


ルークが泣きそうな顔をする。

目に涙をためて、今にも溢れ出しそうだ。


「だから、お前が今から村に帰って、村人達を避難させろ。そうすれば、俺としても戦う手間がはぶけるし、村の人間も死ななくてすむ」


俺の提案に「え?」と、ルークは驚いた。


「ボクを、逃してくれるの?」

「……ああ」

「どうして?」

「俺だって、村を襲うのは不本意なんだ。支配するならともかく、あいつらは人間を全滅させようとしている。そんなことしたら何も残らないし、こっちだって無駄に戦力を失うし、ただ無意味なだけだ。でも、俺はもう魔王として引くわけにはいかないから、これが最大限の妥協だ」


こんなことを言ったものの、本当はただ罪悪感を感じたくないだけだ。

ヨッちゃんを殴っただけでとんでもない罪悪感を感じたのに、村人大虐殺なんてやったら、どうなるかわかったもんじゃない。

俺の心は意外と繊細なんだ。


ルークは真面目な顔で「わかった」と頷いた。

笑顔こそなかったが、その顔にはわずかな希望があった。

俺はルークを逃がすため、裏口かなんかがないか探した。

すると奥に調理場があって、そのさらに奥に、外へと続く裏口を見つけた。


裏口を出ると、そこは墓所だった。

といっても、墓は一つだけ。しかも巨大な立方体のキューブのような墓だ。何故墓だとわかるのかというと、謎の横文字が刻まれていたからだ。


ここはどうやら城の裏側のようだ。

周りに壁とか柵はないので、ここから逃げられる。


俺はさっき勝ち取った剣をルークに渡した。

ルークは「ありがとう」と言った後、しばらく何か言いたそうに俺を見ていたが、やがて夜の闇へと消えていった。


今考えると、あの剣で普通に俺をたたっ切ればよかったんじゃないかと思うが、ルークはそれをしなかった。

わざわざ剣を返した俺もアホだが、ルークもちょっと抜けてるところがあるのかもしれない。

まあ、なにはともあれ


「これで一件落着だ!」

「さすがです、魔王様っ!」

「まあな……」


何だかひと仕事終えた達成感がある。

しかし、自分を上げてくれるやつ周りにがいると、やっぱり気持ちいいな。

よし、このスライムはもう少しだけ、そばにいることを許そう。

食堂に戻りながら俺は決定した。

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