第16話 決裂

そこに立っていたのは、ルークだった。

服装は昼間と同じ動きやすそうな白っぽいシャツに短パン。腰には剣を携えている。


しかし、佇まいは凛としていて、その顔は昼間に会った時とは考えられないほどの険しいものだった。


やば……やばばばばばば……。


やばい、どうしよう。

ついに恐れていたことが起きてしまった。

ルークがこの城に来てしまった。

に、逃げたい。


「グレン!」

「!?」


ルークは俺を見据え、ゆっくりとこちらに歩き出す。


「この城に魔物がたくさん集まってると聞いて、もしかしたらと思って来てみたけど、やっぱり君もここにいたんだね。君に殴られたヨンガスくんは、一命はとりとめたものの、かなりの重症だそうだよ。凄むと必ず顎が外れる後遺症が残ってしまったんだって……」


それは凄まなきゃいいのでは?

でもそうか、あのチンピラは生きてたのか。


「それでも、ボクは君が悪い魔物だなんて、信じられなかった。ヨンガスくんを襲ったのも何かの間違いだと思ってた。でも、さっきの君達の会話を聞いて、それが間違いじゃなかったって気づいた……」


ルークは拳を握りしめてうつむいたあと、再び顔を上げて俺を見た。


「君は、ただの魔物じゃなくて、魔王だった。そして、ボクの村を滅ぼそうとしていた……!」


その顔は、今にも泣き出しそうな悲しい顔で、見ているこっちがいたたまれなくなった。

ついに俺の正体に気づいてしまったか……。


「ん? いや、村を滅ぼそうなんて俺は思ってないぞ」

「うそだ! さっき村に攻め込む話をしてたじゃないか!」


あれはパンツのやつが勝手に……。


「君が村を滅ぼすつもりなら、ボクは君を倒さなければならない。例え魔王だとしても、村の人達に手出しはさせない!」


ルークは黒い鞘から白銀色の剣を抜き、両手で構えた。

もはやそこに迷いは一切なく、覚悟を決めた目をしていた。


最悪だ。考えうる中で最も最悪の事態になってしまった。

だが、ここで引くわけにはいかない。

ここで引けば、俺の魔王としてのキャリアが終わる。


俺は一度、前世で失敗した。

もう二度と失敗するわけにはいかない。

フラマのくれた二度目のチャンスを無駄にするわけにはいかんのだ。

やるしかねえ。


「ああ、そうだ。お前の言うとおり、俺は魔王だ。いずれはこの世界を支配するだろう。そしてお前の村にも、もしかしたら、あるいは、いつかは、不確定だけど、攻め入ることがあるかもしれないな」


すると、今さっき覚悟を決めたルークの表情に、わずかに動揺が見えた。

やはりまだ、どこかで俺のことを信じていたんだろうか。

それでもルークはすぐに切り替え、また元の凛とした顔に戻った。


「本当に、残念だよ。君は、ボクの夢をいい夢だって言ってくれた。勇者になりたいって夢を、いい夢だって……それに、きっと勇者になれるとも言ってくれた。あの時、ボクは本当に嬉しかったんだ。あの言葉も、嘘だったの?」

「う……それは」

「ぎゃっははははははははは」


きったない笑い声の正体は、パンツの魔物だった。

もっこりしながら嫌な笑い方をしている。


「黙って聞いてりゃ、勇者になりたいだと? お前みたいな小娘がなれるわけねぇだろ! 笑わせるぜ、なぁおい!」


「「「ぎゃはははははははは!」」」


魔物達が同調するように笑い出す。

その同調に満足そうな顔をしながら、パンツの魔物は俺に向かって


「魔王様、ここは私にお任せ下さい。こんな小娘、爪一本で片付けて差し上げますよ」

「黙れ、お前はちょっと引っ込んでろ」

「はい?」


パンツの魔物が一瞬ぽかんとなった。

眉間が歪み、徐々に不機嫌そうな顔になっていった。


「聞こえなかったのか? 引っ込んでろと言ったんだ。お前は俺のしもべなんだろ? 俺の言うことが聞けないのか?」


ピキッ、と血管のはち切れる音が聞こえた。

うわやべ……めっちゃキレてる。

顔超怖ぇ。殺される。


と思ったが、パンツの魔物は顔だけブチ切れたまま「わかりました」と素直に引き下がった。


あぶねえ、うんをもらすところだったぜ。

でも俺は間違ったことは言ってないし。魔王だし。

それになんか、ムカついたしな。


俺は改めてルークに向き直る。


「あの時言ったことは、本心だ。俺はお前を勇者と認めている。だからこそ俺は、魔王として全力でお前の相手をしよう。来い……ルーク!」

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