第13話 スライムの面接

「いようし、スライム! さっそくお前の力を見せてみろ!」


俺は最高の期待と希望を込めて、新たに手下になったスライムへと要求する。


「はい! ええと、僕は何をすればよいのでしょうか?」

「何ってお前、美少女になるに決まってるだろ!!」

「美少女!?」


スライムは、目を見開いて驚いた。


「スライムは『擬態』って能力を使って姿を自由に変えられるんだろ? そいつを使って、美少女に姿を変えてみせろ!」

「あ、あの……美少女になるということが、勇者になることと、何か関係があるんでしょうか」


まったく、聞いてあきれるな。これだからスライムは。


「あのな、勇者ってのは大抵、いや、全員美少女なんだ。だから勇者になりたいなら、まずは美少女になることから始めなきゃいけないんだ。まずは形からって、よく言うだろ?」

「でも、僕を助けてくれた勇者さまは、かっこいい男の人だったんですけど……」

「レアだな、それは。それか、そういう風に見えて、本当はかっこいい美少女だった可能性もある。なんにせよ、勇者はみんな美少女だ。その事実はゆるがない」

「そうなんですか?」

「そうだ。だから、早く美少女になれ。それともお前、勇者になりたくないのか?」

「い、いいえ! なりたいです! や、やってみます!」


そう言うと、スライムは眉間にシワを寄せ、「う〜ん」とうなりだした。

すると、ゲル状の体がぐにゃぐにゃと動き始めた。

やがて手足が生えてきて、段々人の形になってゆく。


おお……まさか本当に、美少女になれると言うのか。

これが魔物の力だというのか。ちょっと緊張してきた。


「はあっ! はあああ! 『擬態』!」


そうしてできあがったのは、ドロドロとした人型の何かだった。

そいつは体中から、ゲル状の液体をドバドバと垂れ流していた。


人間でいう頭部らしきところに、細くて長いゲル状の髪の毛(?)がトコロテンのようにプルプルと生えていることから、辛うじてそいつの性別が女性だということがわかる。


そして、顔は……。

少女漫画のようにキラキラとした目。まっすぐな鼻と小さい口。

それらは全て、本来の位置からダラダラと滑り落ち、溶けた雪だるまのようになっていた。


もはやホラーだ。

道端で見たら、間違いなく小便を漏らす。

そいつはなんと、俺に話しかけてきた。


「う、うっふーん! どうですか、魔王さま! うっふーん!」

「ふざけんじゃねええええ!」


俺は思い切りそいつをひっぱたいた。



「さあ、説明してもらおうか。さっきのホラーショーは一体なんだ」


元の姿に戻ったスライムを、俺は問い詰めた。

スライムはビクビクと俺を見上げながら


「び、美少女になれてなかったでしょうか……?」

「全然なれてねぇよ。人ですらなかったよ。なめてるのか?美少女を」

「す、すいません」

「まあまあ、彼も頑張ったんだし、許してあげなよ。人間への『擬態』はなかなか難しいし、よくやった方だと思うよ?」


今まで黙って見ていたフラマが、楽しそうに言ってきた。

いや、楽しんでるなこいつは。


でも、たしかに最初から美少女は難易度が高すぎたか。

「美」だもんな。「美」のつく少女だもんな。

正直めちゃくちゃテンション下がったが、ていうかもうこいついらなくね? って思ってるが、仕方ない。


「じゃあ、次は人以外だ。そうだな、剣に『擬態』してみろ」

「はい! はあっ、『擬態』!」


再びスライムはぐにゃぐにゃグニグニしながら、今度は剣になった。

はがね色の、鉄の剣。

刀身に顔が浮かび上がっているのが不気味だが、それ以外はどこからどう見ても本物の剣だった。


「ど、どうでしょうかっ!」


刀身についた口がしゃべる。


「おお! やればできるじゃねえか」


俺はスライム(剣)を手にとってみる。


「おお。これはなかなか……ん? んん?」


なんだか、握っている柄の部分が柔らかい。

プニプニしている。


「もしかして……」


刀身に触れてみる。切れ味はない。

プニプニしている。

切っ先に触れてみる。尖ってない。

プニップニッしている。

この剣は全身がプニップニだった。


「だめじゃねえか!」


俺は思い切り剣を振り下ろした。


「うわあああああ」


すると、刀身がふにゃふにゃと折れ曲がってしまった。


「おい、どうした! そんなふにゃふにゃじゃ勇者になれねえぞ! 立て! 立つんだ!」

「は、はい! うおおお!」


ふにゃふにゃだった刀身に数本の線が浮かび上がり、ゆっくりとその体を起こしてゆく。


「そうだ、立て! おっ立つんだ! 勇者の剣は常に立派でビンビンだ! お前もビンビンになるんだ!」

「はいぃ!」


そしてついに立ち上がる刀身。

立派にそびえ立つそいつは、折れないように我慢しているのかプルプルと小刻みに震えている。


するとその切っ先から、ゲル状の液体がタラタラと少しずつ溢れ出てきた。


「おい! なんか先っちょから出てるぞおい! これなんかあれみたいだな。ガマン……」



「だめじゃねえか。全然だめじゃねえか、お前」


俺は再び元の姿に戻ったスライムを問い詰めた。

 

「すいません……実は僕、『擬態』はあまり得意じゃなくて」

「じゃあ何ができるんだお前は」

「ええと……」


スライムはプニプニしながら、部屋の端の壁へと移動した。

そして、壁をするすると登りだしたかと思うと、そのまま壁の上で停止した。


「こんな風に、壁に張り付くことができます!」


俺はフラマの方を振り向く。


「おい、これのどこが優秀なんだ? どこに汎用性があるんだ? 使えないどころじゃないぞ」

「ガーン!」


本当にこいつを手下にするメリットがあるのか?

将来こいつとともに世界を制覇するビジョンが見えない。


「彼は人間の真似ばかりしていたようだから、もしかしたらスライムとしての本来の能力が向上しなかったのかもしれないね。でも言葉を喋れるスライムって面白いし、手下にしたらどうだい?」


面白いって言ったな。

もう隠す気がないのか、この魔神は。


「…………」


考えてみる。

このスライムは全く使えん。

たぶん全然強くないし、こいつらが得意だという『擬態』すらもまともにできない。

だがしかし、最初のあの『擬態』。とても美少女とは言えなかったが、俺はあの『擬態』に伸びしろのような光るものを感じていた。


もしかしたら、練習すれば本当の美少女になれるんじゃないか?


「そうそう。継続は力なりともいうしね」


適当に言うフラマはさておき……そうだな。

俺はスライムに向き直る。


「お前、これから『擬態』を練習するつもりはあるか?」

「はい!」

「……よし、俺がお前をシンデレラにしてやろう」

「??」

「そうと決まればグレン、そのスライムくんに名前をつけてあげたらどうかな?」


フラマが出し抜けに言い出した。


「名前?」

「スライムというのじゃ他と区別が付きづらいし、手下なんだから、君が名付けてあげるのが筋じゃないかな」


たしかに。名前か。う〜ん。


「じゃあ、『べちゃべっとん』で」

「べ、べちゃ?」

「もうちょっと真面目に考えようか……君は毎回彼を呼ぶ時に、そう呼ぶつもりかい? 名前を付けるというのはね、人生で一度の重大なイベントなんだよ。はぁ、いいよね君は。そのスライムくんに名前を付けられて。私も君に名付けたかったのに、君は自分で決めちゃったからなぁ」


何故かわからないが、フラマはちょっとむくれている。

だったら最初に名付けてくれりゃよかったのに。


でもたしかに、フラマの言うことも一理あるな。

名前はずっと使い続けるものだし、魔王の手下としてふさわしい名前を、ちゃんと考えなきゃな。

なんか、かっこいいやつがいいな。

シュナイダーとか……いや、あんまりかっこいいと、俺がかすんでしまう。


そんな感じで10分、小30分考えた結果、名前は決まった。


「じゃあ、とりあえず『プルス』でどうだ。プルプルしてるし」

「ずいぶんと考えた割には安直だね」


フラマに突っ込まれる。

そんなこと言ったってしょうがないじゃないか、思いつかなかったんだから。

俺はスライムの方を伺う。


「今日からお前の名前は『プルス』だ。それでいいか?」


スライムはプルプル震えていた。


「はい、はい! とても嬉しいです! 『プルス』……絶対に大事にします! ありがとうございます、魔王さま!」


おお、そんなにうれしいか。

小30分悩んだかいがあったぜ。


こうしてプルスの名前が決まった。

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