第12話 手下

客人? 誰か来たのか?

まさか、ルーク?


俺は、急いで尻を拭いてズボンを上げながら、後ろを振り返る。


誰もいない。

いや、よく耳をすますと、プニップニッという音が聞こえてくる。


何だこの気持ち悪い音は?


だんだん近づいてくる。そして……。


開けっ放しの扉の前に、奇妙な物体が現れた。

丸くて透明で、でっかい水滴みたいだ。

でも表面はブヨブヨしていて、スライムみたいで……。


「あ、こいつスライムか」

「スライムだね」


フラマが言うなら間違いない。

そうか、スライムか。ほんとにいるんだな、スライム。


「魔王さま!」


うおおっ、喋った!

よく見ると、小さい目とか口とかついてる。


「気持ち悪っ!」

「すみません……」


しまった。声に出ていた。さすがに今のは失礼だったな。

人に化物と言われて傷ついた俺が、言うべき言葉じゃあなかった。


「いや、こっちこそすまん。それで、何か用か?」

「は、はい! 」


スライムは体をプルプルしながら、覚悟を決めたような目で俺を見てくる。


「あの……魔王さま!」

「おお」

「僕を……僕を、魔王さまの手下にしてください!」

「手下ぁ?」

「はい!」


スライムの顔は真剣だった。


「よかったね、グレン。早速、手下ができて」


手下。そうか、魔王には手下はつきものか。

うん? でもまてよ?


「何で俺が魔王だと知ってるんだ?」

「はい。最近、魔物たちの間で噂になってたんです。このお城に魔王さまが現れたって。だから僕、魔王さまの手下になりたくて、ここに来たんです!」


俺は今日生まれたばかりなんだが、そんなに早く広まるもんなのか?

俺はフラマをチラリと見る。


「魔物達は魔力に敏感だからね。ここらだけでなく、世界中にいる他の魔王達も、君の誕生を察知しているだろうね」


おいおいまじか。プライバシーとかないのか。

その他の魔王が攻めてくるとかないよな……。


「あの、そちらの方も、魔王さまなのですか?」


スライムがフラマに視線を向ける。

こいつにもフラマは見えるんだな。


「うん? 私は魔王ではなく、魔神だよ」

「マジン?」

「簡単に言えば、神様だね」

「!! かっ、神様! そ、それは失礼いたしました! どうかお許しを……」


スライムはプルプルと震えながら、顔を地面にめりこませた。これは頭を下げてるのか?


「別に構わないよ。魔王として振る舞ってたこともあったしね。ところで君は、人の言葉を上手に話すね。誰かに教わったのかな?」

「いえ! 普段から人のことを見て勉強していて……それで、人の言葉もなんとか話せるようになったんです」

「へえ。人に興味があるんだね?」

「は、はい。じ、実は僕、勇者になりたいんです! 人間の真似をすれば、勇者になれると思って」

「は??」


今なんか、信じがたい言葉が聞こえたような。

勇者だと?


「勇者か〜。とても素晴らしい夢だね、それは」

「えへへ」

「まてまてまてや」


何がえへへだ。

何が素晴らしい夢だ。

勝手に盛り上がり腐りやがって。


「……お前、勇者になりたいのか? 魔王じゃなくて?」

「は、はい!」

「何故だ?」

「小さい頃、僕は魔物の中でも弱くて、いじめられてたんです。でも、通りすがりの勇者様に助けてもらったんです! その時から憧れてて……」

「もういい! もうたくさんだ!」


俺は我慢できずに立ち上がった。

勇者に憧れるその姿が、昼間出会った少女のそれと重なってしまったからだ。


「どいつもこいつも、勇者勇者言いやがって、もうこりごりだっ! つーかスライムが勇者になれるわけないだろ! お前がなれるのは、せいぜいもりもりスライムだ!」

「ガーン! そ、そんな」

「大体お前、勇者志望なのに魔王の手下になりたいって、どんな神経してんだよ! なめてんのか? 将来自分の玉取りに来るやつを手下にするバカがどこにいるんだ! 帰れスライム野郎が!」


俺は今までたまっていたフラストレーションを全て吐き出した。


スライムは目に見えてしょんぼりした顔になり、プルプルトボトボ背中を向けて帰っていく。


「よかったのかい?」

「ああ!」


まったく、冗談じゃない。もう勇者って言葉がほとんどトラウマになりかけてるのに、これからもそばで勇者勇者言われたらたまらん。


「でもスライムは、かなり強い魔物だよ? 魔力を抜きにした物理攻撃はほとんど効かないし、『擬態』のスキルによって姿を変えられるから、汎用性も高い。手下にすれば、戦闘やその他の場面で優秀な活躍を期待できるよ」


フラマはペラペラと説明してくる。


「いやでも、勇者になりたいとか言ってるし」

「それは君次第でどうにでもなるんじゃないかな? なにせ君は魔王なんだ。君の支配するものはなんだって君の好きなようにできるし、その権利がある」

「でもなぁ」

「まあ、どうしても嫌だというのなら、無理強いはしないよ。彼を手下にするもしないも、君の自由だからね。あ、でも、『擬態』を使えば、彼を好きな姿に変えることもできるかもしれないね。例えば、君の理想の女の子とか」

「待て、スライムよ!」


俺は扉の入り口の辺りをまだプルプルしているスライムを呼び止めた。


「……?」


スライムがこちらを振り返る。

まだしょんぼりした顔をしていた。


そんなスライムに、俺は大声で言い放つ。


「お前は……勇者になれる!!」

「!?」


スライムは困惑した。


「で、でもさっき、勇者にはなれないって……」

「バカ野郎! お前、そんなんで諦めていいのか? 自分の夢をちょっと他人に否定されたくらいで、諦めるのか? お前の勇者になりたいって夢は、そんなもんだったのかよ!?」

「!!」


スライムの顔が、悔しさで歪む。しかしその目には、闘志が湧き上がっていた。


「なりたい……です。僕……勇者に、なりたいです!!」

「よく言った! その夢、俺が叶えてやる! 俺がお前を、勇者にしてやる!! だから、俺の手下になれ!!」


俺はスライムに熱く手を差し伸べた。


「はい……はい! ありがとうございます、魔王さま!」


スライムはポロポロと涙を流した。俺も胸が熱くなった。

こうして俺達の間に、「絆」が生まれた。


「私が言うのもなんだけど、君は清々しいまでのクズだねぇ」


魔物

『スライム』:スライム。大体の認識の通りのスライム。『擬態』が得意。

スキル

『擬態』:生物から物質まで、あらゆるものに姿を変える技。スライムが得意。

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