第10話 失恋

「ルーク! ルーク!」


何か聞いたことある声だな。ついさっきに。


「ルーク! 出てくるんだ! ルーク!」

「この声……カオルの声だ!」


外に出てみると、さっきルークの幼なじみを名乗っていたおっさん、カオルがいた。


でもすんごい離れたところにいる。

20mくらい離れたところから全力で叫んでいる。


「ルーーーーーーク! ルゥゥゥゥゥゥクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥアッ……!」


うるせえな……。


「どうしたの? カオル! こっちに来なよ!」


ルークが叫び返す。


「だめだ! さっきあの音がした! もう俺は、ここから先には近づけない!」

「大丈夫だよー!」


なるほど。やつが、ルークに一定の距離から近づかない理由が今わかった。

あいつも洗礼を受けていたのだ。

さすがに、ルークの幼なじみを名乗っているだけのことはある。


「ルーク! 時間がないからここで言う。今すぐその魔物から離れろ!」

「もう、カオル。またあんなこと言って……」

「ヴィクティムタスおばさんの息子が襲われた! 襲ったのは赤い全裸の魔物だ! つまりそいつのことだ! 今、村人全員がそいつを探してる!」

「え……」


ルークは驚いた顔でカオルを見て、そして、唖然とした。

おそらく、その内容と、やつの切羽詰まったように焦った顔から、ただの冗談ではないと気づいたのだろう。


「やっぱりそいつはお前を騙していたんだ! そいつは……邪悪な化物だ!」


とうとうバレてしまったか。いや、いずれバレるのはわかりきっていたことだ。


「ウソだよね……君が村の人を襲ったなんて……そんなの、ウソだよね?」


ルークが俺の方を向いて言う。その目はまだ俺を信じようとしていた。


「いや、本当だ。あいつの言っていることは、全て真実だ。俺が……村人を殺した魔物だ」


ルークの顔が、絶望に変わった。

まだ出会って間もないが、こいつの性格はよく分かる。

元気で、素直で、表裏のない、真っ直ぐな性格だ。

人に対して疑心を抱いたり、偏見を持つことなど絶対にない。俺のような魔物にも分け隔てなく接してくれる、ものすごくいいやつだ。


悪気はなかったとはいえ、そんな少女の信頼を裏切るのは、とても心苦しかった。


「そ、そんな! どうして? どうしてそんなこと」

「……」

「本当に……ボクをだましてたの?」

「そうだっ……」


言い終わらないうちに、俺は全力で走っていた。

もはや、心が耐えきれなかった。


「ちくしょおおおおおおおおおお」


この世界に来て、俺は初めて涙を流した。

産声みたいな快感的な涙ではない、辛く苦々しい、くやし涙だった。


全力で走り続けた俺は、最初の廃墟の城に戻ってきていた。


「はあ、はあ、ハァ……」


もう何もかもおしまいだ。俺の心のライフポイントは1Pも残っちゃいない。

ただでさえ人殺しで落ち込んでたのに、さらに罪悪感を植え付けられることになるなんて。傷口に塩を瓶ごと投げられたみたいだ。


せっかく異世界に来たってのに、散々な目にあってばかりだ。

息を吸うように、ちやほやされると思ってたのに、これじゃあ話が違う。


全部あの魔神のせいだ。

よく考えたら、誰もステータスオープンなんてしてなかったし。

ちくしょう文句言ってやる。



城の中に入ると、どでかい大広間が現れる。その大広間を通り過ぎ、上の階へと続く、広くて長い階段をのぼる。


階段を上がっていると、パンツがかなり強めに食い込んできた。居場所をせまられた股間が、小さな悲鳴を上げる。


「あっ」


そうだ。

このパンツは、ルークがくれたものだった。


俺は、あの時のルークの顔を思い出す。

あの、俺の正体を知った時の、悲しそうな顔を。


ーーこんなことになるなら、いっそ、出会わなければよかった。


パンツの食い込みによるこの股間の痛みは、きっと心の痛みだ。

この悲鳴は、心の悲鳴だ。


「これが、失恋か……」


直後に、ガツンと強い衝撃が、頭のてっぺんに走った。

一瞬頭が真っ白になり、意識が吹っ飛びそうになる。


「いてぇ……」


足元を見ると、そこそこ巨大ながれきが転がっていて、上を見上げると、今にも崩れそうな天井が見えた。

どうやらあの天井の一部が降ってきて、頭に直撃したらしい。


まったく、本当に散々だ。


長い階段を登り終えると、巨大な扉が現れる。

転生したばかりの俺が、さっきまでいた部屋だ。

扉は無駄にでかいので、こじ開けるのに苦労する。


中は相変わらず広大な空間が広がっていた。

さっきと違うのは、奥にあったはずの俺が生まれてきた球体が、石でできたいかつい王座に変わっていること。

そしてその王座には、魔神フラマクルスが不敵な笑みを浮かべながら、堂々と足を組んで鎮座していた。


組んだ足の太ももは、タイトな布に締め付けられてムチっとしている。その隙間から、奇跡的なありがたい何かを拝めないかと凝視していると、フラマが口を開いた。


「ずいぶんとはやい帰りだったね。先程出ていって、まだ半時も経っていないけれど」


出ていったつーか追い出したんだろ。


「それで、どうだった? 君の目にかなう収穫はあったかい? 小太郎くん」


フラマは俺の状況を知ってか知らずか、ニヤニヤとほくそ笑みながら言った。


「フラマ、俺はもう、柳田小太郎じゃないんだ。俺の名は、グレンだ。魔王グレンとして、これからは生きていく。でももう心が折れそうだ」


俺が名前を改名したことを伝えると、フラマは訝しむような顔をした。


「ふうん……その名前、自分で考えたのかい?」

「ああ、ダサい?」

「……ううん。君にぴったりな名前だと思うよ。グレン、か」

「?」


フラマは何故か意味深な笑みを浮かべていた。


「さて、君もいろいろあったようだし、聞かせてもらおうか。初めてのお出かけの感想を」

「ああ……その前に、う○こしていい?」

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