第6話 ボクっ娘
「やっちまった……」
何とか村人を振り切った俺は、村外れの空き地に転がった丸太の上で、意気消沈していた。
まずいことになった。
もはや俺TUEEEEEEどころではなくなってしまった。
「俺は……俺は人を殺しちまった……」
こんなことになるなんて、思ってもみなかった。
俺TUEEEEEEがこんなに罪深いことだったなんて知らなかった。
俺は、なんてことをしてしまったんだ。
今までケンカもろくにしたことがなかったのに。
罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。
もう何もする気が起きない。これからどうしよう。
「君、大丈夫?」
その時、前方で声がした。
なんだ? 村人か?
重たい顔を上げて前を見ると、そこには少女が立っていた。
いや、ただの少女ではない。元気そうな美少女だった。
短く伸ばした髪は、ギラリと白銀色に輝いていて、大きく見開いたまん丸な瞳の色は、宝石のように美しい青色だ。
服装は動きやすそうな半袖のシャツに短パン。
そこから伸びるすらっとした健康的な手足。
間違いなく、スポーツ得意系の元気系美少女だ。
「何だか具合が悪そうだったから。あ、ボクはルーク! この村に住んでるんだ。君はもしかして、魔物? ものすごく赤いけど……」
ルークか。なんて、なんて優しい娘なんだ。
こんなどうしようもない赤いバケモンを見て、怖がらずに話しかけてくれるなんて……。
もう、それだけで救われてくる。
しかも、ボクっ娘だ。
ボクっ娘でスポーツができて、優しいなんて、完璧じゃないか。
ルークの優しさがあまりに眩しかったのと、長年女の子と話したことがなかったブランクで、どう話せばいいかわからないという緊張から、俺は全く言葉が出てこなかった。
それでもなにか答えなければと、声を出す。
「あ……」
「?」
「あ、ああ、あわわ……あばばばばばばばばばば」
「!?」
「あばばばばばばばばばば」
「わわっ……どうしたの? 大丈夫!?」
「あばばばばばばばばばば」
俺は壊れた機械のように「あばばば」が止まらなくなってしまった。
何とか止めようとするが、まるで発作でも起こったように収まらない。
やばい……。
「落ち着いて。大丈夫、大丈夫」
気づくとルークは俺の隣に座り、背中をさすってくれていた。
本当になんて優しい少女なんだ……。
俺だったら、こんな気持ち悪いやつがいたら、とっくに逃げてる。
もしかして、俺に気があるのか? いやそんなことないか。
ルークのおかげで、俺は段々正気を取り戻せてきた。
あとそして年下だと認識したら、何とか話せそうな気がしてきた。
「ふぅ……ありがとうございま……ありがとう。驚かせて悪かった」
俺は何とか冷静さと最低限の威厳を保ちながら、少女に礼を言う。
「あっ、うん! やっぱり具合が悪かったの?」
「いや……情けないけど、女と話すのに慣れてなくてな」
「えっ……」
ルークは驚いた顔をした。
あれ? 何か変なこと言っちゃったか?
「ボクのこと、女だって分かるの……?」
ああ、なるほど。
ボクっ娘でスポーツ系だから、今まで女扱いされたことがないみたいな、そういう感じか。
よし。ここは可愛いとか言うのが定石だな。
「ああ、分かるよ。め、めっちゃかわいい。めちゃかわじゃ〜ん」
やばい、ちょっと調子乗りすぎた。
ていうかこういうの苦手だった。
「か、かわっ……! ええっ!?」
しかし、効果はてきめんだった。
ルークの顔は、みるみる赤くなっていく。
「ご、ごめん。ボク、今までそんなこと言われたことなかったから。か、かわいいなんて……」
「おぉ」
まさか、こんなに効果があるとは。
かわいいだけでこんなにかわいい反応をするとは。
チョロいな……。
でも、たしかにボーイッシュではあるが、顔は中性的というよりもかわいい系だし、髪型も耳にかぶさるくらいのショートカットで、男に間違われるほど短くはない。
なのにそんな扱いを受けるなんて、この村の美少女の基準はどうなってんだ。
とは言うものの、俺もこの先はどうすればいいのかわからないので、会話がとぎれてしまう。
「……」
ルークも、うつむいて何も言わなくなってしまった。
次は何を言えばいい。
このままホテルに……いや。
「あ、あの……君は、名前はなんていうの? ボクは、さっきも言ったけど、ルークって言うんだ」
「! ああ、ルーク。俺の名は。俺の……名前は……」
名前。
俺の名前は柳田小太郎。かつてはそうだった。
だが転生した今、その名前を使うのは何か違うような気もする。
「もしかして……名前、わからないの?」
ルークが不安そうな顔をする。
まずい、名前も言えないやつだと思われてしまう。
「いや、そんなことはない。俺は、俺の名は……」
頭の中にとっさに浮かび上がった名前を言う。
「グレン……そう、グレンだ」
「グレン、とてもいい名前だね!」
いい名前なんだろうか。
めっちゃ適当に決めてしまったが。
まあ、体赤いし、いいって言ってくれてるし、これでいいか。
「ねぇ、グレン。君はどこから来たの? このあたりに住んでるの? 歳はいくつ?」
「えっ」
再び俺は戸惑う。
こんな職務質問みたいにたくさん聞かれたら絶対にボロが出る。
「お、俺のことはいいから、ルークのことを聞かせてくれ。たしかこの村に住んでるんだよな」
「うん。村の外れに、おじいちゃんと一緒に住んでるんだ」
「おじいちゃんだけ?」
「……うん。小さい時から、ボクにはお父さんもお母さんもいなかったんだ。おじいちゃんは自分が生んだって言い張ってるけど」
んなわけあるかと言いたいところだが、ここは異世界だ。
あり得ないとは言いきれない。
しかし、そうか。
俺はさっきまで、殺人の容疑をかけられて追いかけられていたが、あの騒ぎを知らなかったのは、村の外れに住んでるからか。
そこで俺は、ルークの腰に古びた黒い鞘に収められた剣が携えられているのが見えた。
よく見ると、額に少し汗もかいている。
「ルークは、今まで何をしてたんだ?」
俺はなんとなく聞いてみた。
ルークはちょっと驚いた顔をした後、何故か恥ずかしそうにもじもじしながら口を開いた。
「ボクは……修行をしてたんだ」
「修行?」
「うん。あの山で、毎日走ったり、剣を振ったりしてて」
山というのは、ここからだと北に見えるあのバカでかい二つのどちらかのことか。
「一体なんの修行なんだ?」
「え、え〜と……笑わないで聞いてくれる?」
「おう」
ルークはゆっくりと深呼吸をしてから、振り絞るように言った。
「ボクは……ボクは、勇者になりたいんだ!」
「ゆう……しゃ?」
「う、うん。子供の頃からの夢だったんだ。でも今は、世界中が魔王の脅威に脅かされてるでしょ? このあたりはまだ平和だけど、王都の方では戦いの準備を始めてるって言うし、いつ魔王の軍がこの村に攻めてきてもおかしくない……」
ルークは丸太の上から立ち上がった。
「世界を救えるなんて思ってないけど、だけどボクは、せめてボクの周りにいる人たちを守りたい。家族とか、友達とか、そういう身近にいる大切な人たちを守りたいんだ。だから……ボクは勇者になりたい!」
ルークの顔は真剣だった。その目には、間違いなく勇気があった。
何かに立ち向かうというよりも、何かを必ず守るという勇気。
もう俺には、ルークが勇者としか見えなかった。
「そうか。いい夢だな、それは」
「ほんと?」
「ああ、お前はきっと、勇者になれるよ」
「そ、そうかな。ありがとう……えへへ」
ルークは照れくさそうに下を向いた。
本当に、素晴らしい夢だと思った。俺が魔王なんかじゃなければ、どれだけ良かったか。
勇者の存在は、フラマの話に出てきたから知ってる。
おそらくルークは、間違いなく勇者になるだろう。
こいつには、人を救う資質のようなものがある。
事実俺は、さっきルークに救われた。
ただ話しかけられただけだが、それだけで嬉しかったし、何だか勇気をもらえた。
だから俺は確信している。
ルークは必ず勇者になる。
そしていずれ、俺は嫌でもこいつと戦わなければならなくなるだろう。
俺はすぐにこの村から出ていくことを決めた。
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