第5話 魔王の力

広大な草原を全裸で歩くのは、とてつもない開放感があった。

下半身を通り抜ける爽やかな風が気持ちいい。

全裸も案外悪くないな。


しばらく歩くと、村が近くなってきた。

どこにでもあるような、のどかな村だ。

石や木で造った家がポツポツと並んでおり、畑では村人が農作業をしている。


すると突然、村の入り口に果実の入ったかごを持った、いかにも村娘といった感じの娘が現れた。


ーーやばい、女子だ。詰んだ……。


いきなりラスボスに遭遇しちまった。もう終わりだ。

ついさっきまで引きこもりで、家族とすらまともに話してなかったやつが、いきなり見ず知らずの女子と話せるわけがない。

第一言葉も通じるかわからないのに、この世界の人間に近づくのが間違いだったんだ。

今日は一旦帰って、後日また出直そう。


……いやいや。

さっき童貞を卒業するって決意を固めたばっかだろ!

こんなところで諦めてどうする。


落ち着け。大丈夫だ。

言葉はさっきフラマと話せてただろ。

それに俺は魔王だ。村娘に話しかけるくらい、なんてことはない。

何故なら俺は魔王だからだ。

むしろ一目惚れされて、そのまま童貞卒業ルートにいくかもしれない。


よしいくぞ。

まずは優しい口調で「僕とお茶しない?」だ。

優しくかつ堂々と行こう。

魔王らしく、堂々と……。


俺はマントをなびかせながら、腕を組んで足を開き、村娘の前に立ちはだかる。


「やあ、お嬢さん! 僕の魔王と、お茶しない?」

「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!」


のどかな村に、見事な絶叫が響き渡った。


村娘は、持っていたかごを俺の股間めがけてぶん投げ、逃げていった。

騒ぎは一瞬にして村中に広がり、俺を見た村人たちが次々と逃げてゆく。


「魔物だあああ! 村に赤い魔物が入ってきたぞおおお!」

「逃げろおおおおおおおおお!」

「ひいいいいいいいい!」

「露出狂の魔物だああああ!」

「丸出しよおおおおおおお!」


……やってもうた。


「話を聞いてくれぇ。俺はやさしい魔物なんだぁ」

「来るなああああああああああああ!」


言葉は通じている。

でも村人たちはみんな、聞く耳持たず逃げてゆく。

なんかもう嫌になってきた。帰ろうかな……。


「おぉい! バケモン!」


背後から声がする。

振り返るとモヒカンみたいな髪型をしたチンピラみたいな男がいた。


村で一番ケンカ強いやつとかだろうか。

両脇に取り巻きみたいな男が二人ついている。


「おおおおおい! バケモン! おらぁ! てめぇかかってこいよ! ぶっころっしゃんよ! おらぁ!」

「やっちまえヨッちゃん! ぶっ殺しちまえ!」

「いけいけヨッちゃん! やっちまえ!」


モヒカンがすごいすごんでくる。

取り巻きのチンピラもすごんでくる。


「いや……あの……」

「るせーよオルァァァァ! 喋んじゃねぇよ、バケモンがよぉ!」


喋んじゃねぇって……。そりゃねぇよヨッちゃん。


「へっへっ! バケモン退治してやんぜ! 俺は勇者だからよぉ! ぶっころっしゃんよ!」

「さすがだぜヨッちゃん! やっちゃえよヨッちゃん!」

「いけいけヨッちゃん! やっちまえ!」

「へっへっへっ。見とけよ、お前ら。……いくぞオラアアアアアア!」


ヨッちゃんが襲いかかってきた。

ヨッちゃんは俺の懐に入り、怒涛の脇腹パンチを繰り出した。


「オラオラオラオラオラオラ!」

「いてて……いて」


まあまあ痛い……魔王の体なのに。

脇腹だからか、結構効いてくる。


「オラオラオラオラオラオラ!」

「いててて……いていてて……いて……いてぇよ!!」


あまりに痛かったので、俺はヨッちゃんをついつい引っぱたいてしまった。


「ぶへええええええ!」


ヨッちゃんは勢いよく吹っ飛び、地面に倒れた。


「うわあああ! ヨッちゃんが! ヨッちゃんがやられた!」

「ヨッちゃあああああああああん!」


えぇ……。そんなに強く叩いてないんだけど。

ちょっと小突いただけなんだけど、そんな吹っ飛ぶか?


……あれ?

あれれ? もしかして……。


「これが、俺TUEEEEEEか!」


そうだ。きっとそうだ。

むかつくチンピラがたいして力も込めてない俺のビンタでふっとんだ。

間違いない。これこそ俺TUEEEEだ!

すげぇ! 今俺、俺TUEEEEEEしてる!

よっしゃあああああ!


「ヨッちゃん! ヨッちゃん! おい、起きろよヨッちゃん! おい……嘘だろ……? 死んでる……」

「え……? 死ん……え?」

「ヨッちゃあああああああああん!」


え??

嘘でしょ? 今ので? 死んだって……まじで?


「てめぇ……よくもヨッちゃんを……! この人殺しがああああああ!」

「いやいやいや! まて! ちょっ……息とかしてない?」

「してねぇよオルァァァァ!」


見るとヨッちゃんは白目で口から泡を吹いて倒れている。


ワンチャン生きてないか? これ……。


「ヨンガス……? ヨンガス!」


突然、横から頭巾を被ったおばちゃんが駆け寄ってきた。

どうやらヨッちゃんの母親らしい。

ヨッちゃんはヨンガスという名前なのか。


「ああ……! ヨンガス! 一体誰がこんなことを……」

「あいつだ! あのバケモンがヨッちゃんを殺したんだ!」


取り巻きチンピラが俺を指さす。


「いや……違うんですよ、お母さん。最初に手を出したのはヨッちゃん……お宅の息子さんで……」

「人殺し! 息子を返してえええええ!」


勘弁してくれ……。


「いたぞ! あいつだ! 赤い魔物だ!」


ドタドタと後ろの方から声が聞こえる。

クワやオノを持った村人たちが集まってきた。


「殺せぇ! 化け物を殺せ!」

「出ていけバケモン!」

「こいつを尻の穴にぶち込んでやる!」


ま、まずい、逃げなければ!


「うおおおおおおおおおお!」


俺は全力で走り、その場から逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る