第三章
「こんにちは! ノアさん、アンドレさん!」
明るい笑顔に出来るだけにこやかな笑顔を浮かべて挨拶を返す。
「やぁ、フリージア。いらっしゃい」
友人同士のように気さくに会話するアンドレに対し、注意をすると「いいんですよ、気にしなくって。その方が嬉しいですから」と優しい言葉をかけられた。
「ですが……」
「いいじゃないですか、彼女がそう言ってるんですから」
女の前となるとすぐこれだ。全く、私はアンドレのこういう所が好きではない。
「ふん、お前はもう少し弁えた方がいいんじゃないのか」
「先生が硬すぎるんですよ」
「なんだと!」
文句を垂れるアンドレを叱っていると、後ろでフリージアがクスクスと笑っていた。
「あぁ、すみません。お客様の前でこんなところを」
「いえ、構いませんわ。お二人は本当に仲がよろしいのですね」
フリージアは、心底微笑ましいというような笑顔でこちらを見る。
彼女からしたら私達はそう見えるのか……とノアは少し複雑な気分でコーヒーを啜った。
「それで、今日はどうしたんだ?約束以外の日に来るなんて珍しいじゃないか」
ノアが不服そうにしているのを察したのか、アンドレは早々に話題を切りかえた。
「えぇ、今日は違う用事があって来たの。もうそろそろ来るはずなんだけど」
フリージアがそういうや否や、再びカランカランとベルの音が鳴った。客に声をかけるよりも早く、フリージアがその人に駆け寄った。
「クローカス! 会いたかったわ!」
全身で喜びを表現するように、彼女はクローカスと呼ばれた男を思いっきり抱きしめる。
「こら。フリージア、人前では恥ずかしいよ」
「ごめんなさい、嬉しくってつい」
照れて頬を赤らめるフリージア。そして、それを愛おしそうに見つめるクローカス。店の入り口は、完全に二人だけの空間と化していた。
気まずさを晴らすようにゴホン、と咳払いをする。
「あっ! ごめんなさい、先に彼を紹介するべきでした」
そう言って、フリージアは恥ずかしそうにこちらを向き直る。
「彼は、ダミアン・クローカス。前にお話した私の婚約者ですわ」
よろしく、と言って互いに握手を交わす。
その後、しばらくフリージアがクローカスとの出会いの話やら何やらを話していたが、私の耳には何も入っては来なかった。
ぼんやりとした頭で適当に相槌を打ち、フリージアを見つめる。
クローカスが傍にいる時のフリージアは、まるでそこら辺にいる低俗な女共と変わらなかった。いやらしく男に媚びへつらう娼婦のように、甘ったるい声色でその男の名前を呼んでいる。
気持ち悪い。胃の奥底から不快なものが込み上げてくる。
目の前にいるのは誰だ。本当にフリージアなのか?
まるで、知らない女だ。
初めて店を訪れた時、子供のように純粋な笑顔を浮かべて人形を見つめていた彼女とは違う。
今の彼女は、とても穢れた姿に見える。
「フリージア、そろそろ……」
「あっ! そうだったわ、ごめんなさい。今日はこれを渡しに来たんです」
どうぞ、とフリージアから差し出されたのは二通の招待状だった。
「これは……」
「まだ少し早いのですが、私とクローカスの結婚式への招待状です!」
「ぜひノアさん達にも参加して欲しいと、フリージアからの提案なんです」
結婚、という言葉に一瞬身体が強ばる。
そうか……フリージアは結婚するのだ、この男と。
そうなれば、一層今のように不快な笑顔を浮かべるのだろうか。
あの男が横にいる限り、いや、あの男でなくてもきっとフリージアは同じ笑顔を見せたのだろう。
なら、やることは一つしかない。
「そうでしたか、私共でよければ喜んで参加させてください」
満面の笑みでそう返した。
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