第二章

「では、改めて依頼の件なのですが……」

「はい。手紙でも申した通り、私の人形を作って欲しいんです」

フリージアの注文は、所謂普通のオーダーメイドとは違う。私の店に並んでいる人形はどれも一点物の人形ばかりだが、時折それとは別にオーダーメイドの依頼が入る。

そして、今回の依頼はその中でも特に稀である。

「実は、遠出をする恋人に私そっくりの人形を贈りたいと思っているんです」

頬を赤らめながら、「少し恥ずかしいですね」と純情な反応を見せる。

「いいじゃないですか、恋人へ送る人形! 素敵だと思いますよ」

「そうですね。こういった依頼は多少なりともありますから、私達にどうぞお任せ下さい」

「良かった……これからよろしくお願い致しますわ。ノアさん、アンドレさん!」

満面の笑みで両手を差し出すフリージアに、私達も「はい」と握手を交わした。

早速、今日から作業に取り掛かることにした。



「アンドレ、今回はこの材料を使う」

台の上に置かれた物を見て、アンドレは驚いた顔をした。部屋中に錆びた鉄の匂いが漂っている。

まだ真新しい血の匂いだ。アンドレはその匂いをよく知っている。

「はぁ、知らせを聞いた時まさかとは思っていたんですが……」

「今回だけだ、きっといいものが作れる。それよりも、頼んでおいたものは用意したか?」

「はい。仲間に手配させたので、おそらく数日中には」

「そうか、ならいい」

淡々と作業の準備に取り掛かるノアの横で、アンドレはじっとその様子を眺めていた。

なんだ、いつもとは違う反応を見せていたと思ったが、先生は先生のままだったな。ほっと息をつき、胸を撫で下ろす。

こういう時の先生は冷淡だ。仕事用にスイッチが切り替わり、普段の何倍も厳しい。

「アンドレ、ぼさっとしていないで早く手伝え」

こんな風に。

「はいはい、今手伝いますって」

台の上に置かれた死体は、既に先生が綺麗に全身を切断している。適当に目の前にあった下腿に手をつけ、骨まで傷つけないようにゆっくりと切れ込みを入れる。皮膚の辺りの肉は柔らかいが、骨の近くは中々剥がせない為包丁で少しずつ切り離す。


白雪のように色白な下腿、筋肉の質も申し分がない。ノアの物でなければ、アトリエの作品と繋ぎ合わせることが出来ただろうに。少し残念だ。


不要な肉の塊をまとめて鍋に放り込み、水と適量の酒を入れたら火をつける。後々味付けは別途するけれど臭みをとる上でこの過程は欠かせない。

まぁ、ここまでは料理で言うところの下処理のようなものだ。

横ではノアが残った骨を同じく鍋に入れ、薬品と沸かした湯で殺菌消毒を行っている。

こうすることで仕上がりの状態を綺麗に保てるらしい。

先生が鍋の様子を見ている間に台を拭き、床に零れた血をモップで掃除する。本来ならこれら全て先生が一人で行っていたらしいが、俺が手伝いを名乗りあげていなければ、きっと過労で倒れていたに違いない。

先生は人形に対してだけは忠実だが、それ以外を疎かにしやすいから目が離せない。でも俺は、そんな先生を尊敬している。

「ふぅ。先生、こっちの片付け終わりましたよ」

「そうか。なら少し休憩を入れよう」

コーヒー淹れてきます、とだけ伝え店の方へと上がる。ついでにポストを確認すると、一通の手紙が入っていた。宛名を確認すると、案の定キュヴィエ夫人からのものだった。

どうしたものかと考えたが、自己判断ではまたノアを怒らせると思い、コーヒーと共に持っていくことにした。

「お待たせしました、先生。コーヒーと、それから手紙が届いてましたよ」

「……はぁ、またあの夫人か。こんなの読むまでもない、処分しておけばいいだろう」

どうせまた同じ内容だ、と溜息混じりに手紙を破り捨てる。

「いいんですか?キュヴィエ夫人って親族の方ですよね」

「彼女は会う度に見合い話を持ちかけに来る。だから苦手なんだ」

はぁ、と溜息をつきながら椅子に腰かける。

込み上げる怒りを抑えるように、頭を掻き毟る先生。薄くなり始めた頭髪が、余計に薄くなりそうで心配だ。

キュヴィエ夫人は先生の叔母にあたる人で、誰に対しても世話焼きな人だ。そんな彼女の態度は、先生のような者にとっては煩わしい他ないだろう。

「何だか休憩する気もなくなった、私は仕事に戻る」

「あ、じゃあ俺もそうします」


俺は茹でた肉を適当にブツ切りにし、缶詰や漬けておいた瓶から野菜を取り出し、まとめて茹で上げた。こういった手の込んでいるものは先生が口にしてくれないので生活が貧しい人々に配っている。

何の肉を使っているかも知らずに、彼らは美味い美味いと同族の肉を食している。

実に愉快な話だろう。

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