ベラドンナに口づけを
@yae_tya6
第一章
「また墓荒らしの事件か」
朝食を終え、優雅に食後のコーヒーを嗜んでいる時の事だった。
新聞の見出しには、連日墓荒らしに死体を盗まれているという記事が載せられていた。
「お前、材料はまだこういうとこから入手してるのか?」
「まさか、そんなのもう昔の話ですよ。今は警察の目が厳しいですからね、足つかないようにしてるんですよ」
「そういうものか、まぁ私は物が手に入ればなんだっていい」
「先生らしい意見ですね。それより先生、今日のお昼は何にします?」
「忙しいからな、またサンドイッチでいいだろう」
「またですか?野菜を取ってるとはいえ、偏った食事は体に悪いですよ」
「いいんだ別に、長生きしようなんて思っちゃいないさ」
アンドレは何か言いたげにこちらを見ていたが、しばらく考え込み、諦めたように溜息をついた。
「そういえば、今日は予約の方が来るんでしたっけ」
「あぁ、もうそろそろ時間の筈だ。店の方へ移動しよう」
「分かりました」
アンドレと表へ向かうと、丁度カランカランと軽快なベルの音が鳴った。
「あの、早くに申し訳ございません。ノア・シルベーヌ様という方のお店はこちらで合っていますか?」
勢いよく開いた扉の先からは、弾むように明るく快活な声がした。
声の方を振り向くと、可愛らしい声とは裏腹に、ワインレッドの派手なドレスと宝石に身を包んだ女性が現れた。最近の流行なのだろうか。
まとめ上げられたブロンドヘアは光が反射してチリチリと光っている。
「えぇ、合っていますよ。ご予約されていたフリージア様ですね、ようこそ、ソレイユ人形店へ」
ノアの言葉に安心したフリージアは、ぱぁっと顔を明るくさせる。
「お客様、こちらへ。どうぞ、お掛けください」
アンドレが令嬢を椅子に腰掛けさせ、ノアもその対面へと座る。
「改めまして、私がここの店主のノア・シルベーヌです。」
「俺は、助手のアンドレ・フランソワです。よろしくお願いしますね、可愛らしいお嬢さん」
アンドレが令嬢の手の甲にキスをして微笑みかけると、フリージアもにこりと微笑みを返した。
コホン、と咳払いをしてアンドレを窘める。
「それで、本日はオーダーメイドのご依頼でしたよね」
「えぇ。こちらのお店が専門で取り扱っていると聞いたものですから、是非伺ってみたいと思いまして」
「なるほど。それでは一度、当店自慢の人形達をご覧になってみてください」
こちらです、と人形達が並べられている商品棚の前まで誘導する。
フリージアは、無邪気な子供のように目をキラキラと輝かせている。
「宜しければ触って確かめて見てください」
「まぁ、いいのですか?」
「えぇ、勿論ですよ。その方が人形達も喜びます」
ノアがそう言うと、フリージアは優しい手つきでそっと人形を抱き上げ、眺めた。
ノアは彼女の横顔を見て、鼻筋と顎が整っている美人は横顔の造形も綺麗なものだなと心の中で皮肉を零す。
「ねぇ、ノアさん。依頼とは別にこの人形を買いたいんですけれど、いいかしら?」
「おや。お客様、その子が気に入られましたか」
「えぇ、とっても!でも、 どの子も可愛らしいです。腕のいい職人さんのおかげね」
そう言って、人形の髪を優しく撫でている彼女の姿は、まるで聖母のように美しく思えた。
「そうでしょうとも! 先生の腕前は一流ですからね」
「アンドレ、口を開く前に手を動かしたらどうだ」
「ちぇ、分かりましたよ」
渋々と台所へ向かうアンドレの姿を見てフリージアはケラケラと笑っている。
「そんなに面白かったですか?」
「えぇ、お二人がとても仲良しなんだと思いまして」
「ご冗談を」
ノアがそう言うと、フリージアはまた面白そうに笑った。
一見、派手な服装からして軽い女なのだろう、と勝手な印象を抱いていたが、思っていたよりも明るくて無邪気な笑顔を浮かべる人であった。
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