東京遺跡の女子高生 - “壊滅市街の無免許”編

ケモノイアクイ

第1話 - クソ南端から遥々と




江東区新木場(Shinkiba)エリアの朝は未だ遠い。若干柔かい冷気が涙のように頬を伝う。11月の味。月末の匂い。

温暖化とやらが騒がれて以来毎年これだ。この国はいつだって、去りゆく夏を必死に掴んで離そうとしない。幼い子供のように。


テントと寝袋の収納を終え、盗品の登山用大型リュックサックを背負い、何年か前にその辺でパクったママチャリを駆って北を目指した。錆びっぱなしの首都高速湾岸線をくぐり抜ければ、東京の星空と晴れてご対面である。北斗七星がどこにあるのかは正直わかっていない。

女子高生の健脚がペダルを蹴り出す。


旧市街地から外れに外れた駅の構内に住み込んでいるとは言えど、その駅構内にいつどんな盗人が忍び寄るかは神のみぞ知るというもの。なんなら神にも解らないだろうし、もっと言えば見守ってくれる神なんてのはとっくの昔に死んでいるはずだ。神がいない以上、持てる限りの荷物は常時持ち歩くし、持ち歩けない荷物は捨て置くか、恩着せがましく誰かに譲り渡す。鉄則だ。この世界では鉄則を貫徹できない奴から死んでいく。


東大島(Higashiojima)方面のキャンプは昨日回ったばかりだ。今回は食料品の流通が活発化し始めた亀戸(Kameido)旧市街に足を運んで仕事を探す。都内有数の超巨大な、10万人規模の難民キャンプ。2日間も居座れば、最近遠方のコミュニティから輸送されてきた冬野菜類を一気に調達できる。チャリでの移動時間は大凡1時間20分。南門開放時刻には十分間に合う。


夢の島公園を通過して、なんかデカい橋を渡り、ひとまず人工島からは離脱する。新木場は遥か後方。以前出会ったフリーの奪還士がくれたタイツに生足をつつまれ、ひたすら北へ。北へ。北へ。橋を越え十字路を越え、少しばかり裏路地に侵入する。


目立たない場所にチャリを留め、壊滅した外国人系野盗団のアジトに立ち寄り、以前ダメ元で隠しておいた純水入りの水筒を、一番奥のバーカウンター席……のクッションの裏面から、ガムテープごと引き剥がす。盗まれていなかった。メイン拠点である新木場駅の貯水槽が空っぽになりかけていたから、かなり助かる。軽めの水分補給を済ませてから即座に出立する。長居は無用だ。再び北へ。





「──壁内異常なーし!」

「壁外に登録済みの第二種外部生存者1名、相互コンタクトよーし、入場手形よーし!」

「安全確認フェーズを終了。南門、解錠準備よーし!開放ーッ!開放ーッ!開放ーッ!」



耳にするのは久方ぶりだ。関東第78難民キャンプ、通称『カメイド横丁』の南門開放号令。厄災直後からキャンプの統治に当たってくれた自衛官が、現在もこの手の業務を担っている。聞くところによると元航空自衛隊らしい。


日は完全に登りきっていた。暖かくも寒々しい日差しを背中全体に浴びながら、亀戸駅にめり込む形で構築された、全高8mを誇る防護壁を抜け、到着の瞬間からこちらの左右を取り囲んでいた元自衛官らに自転車を預ける。クラスタ内で何かをやらかすことを想定して、逃亡手段を一つ一つ封じているんだとか。慣れているからしかめっ面はしない。亀戸駅目の前の路上駐輪場へ誘導される。



「お疲れ様。大変だろうけど、今日も出稼ぎ頑張ってね」

「あ、え、あー、どうも」



不意に話しかけられるのは本当に久しぶりだ。何せキャンプ地に入るのが1ヶ月ぶり、要するに1ヶ月間近く誰とも会話せずに生きてきたのだ。慣れていようが第一声には一々びっくりするしかない。



「……壁外生活の調子はどう?」

「お陰様で。亀戸や東大島、あと錦糸町とか人形町地下鉄駅の自治会とか、千葉県の人たちがいるおかげで何とか生き残ってます。いつも助かってますよ」

「そりゃよか……った?」

「よきですよ。生きてるだけで儲けもんです」

「言葉の重みが違うな。いつでも来てくれていいからね」



喉の調子がおかしい。常日頃から独り言を連射しまくって声帯を潰さないように維持してきたつもりだが、人との会話に使うとどうにもイントネーションに違和感を覚える。この間追っ払った盗賊2人にもやたらと変な声で怒鳴り散らしてしまったし、とにかく人と喋る練習をしておくに越したことは無さそうだ。鏡の前で練習した営業スマイル会釈を、ニコニコ面の元自衛官にぶん投げ返す。高架線を抜けて、路上に展開されたテント街へと足を踏み入れた。



「……働くか」



働こう。初日は従兄弟譲りの技術をそのまま転用した、1日限定の無免許マッサージ屋。明日の午後3時までは単発の奪還支援バイトと自衛隊主催の個人防衛訓練に参加し、稼いだ金で冬野菜を買って、さっさと新木場へ戻る。戻ったら鍋だ。ついでに燃料とアルミ鍋、あと自転車に取付可能な運送業者向けの大容量リアカーも買ってやる。空気入れとチャリの予備パーツだけ買って貯金を使い果たした前回のようにはならない。やってやる。





──2035年。隣国経由で齎された『厄災』の惨禍は、呆気なくもこの国を飲み込む。

同年、日本政府は全世界192ヶ国との国交を自主的に断絶。程なくして事実上の国家滅亡を迎えた。



6700万人の死滅。未だその脅威を振るい続ける『厄災』の子種。減少する人口。加速する文明の衰退。6年の歳月。いつまで経っても完成しない旧世代型の全国情報ネットワークシステム。絶望的状況下においてもなお日本再興を目指す有志開拓連合と、各地の指定暴力団や海外系犯罪組織を起源とする野盗の各勢力。その対立。



そして、難民キャンプの外側で暮らし続ける、風変わりで破天荒な自称『女子高校生』。



風雨のように、或いは旧世界の誰かが歌った歌詞のように。

2041年の東京遺跡を、まさに今、漆黒の盗品ママチャリが女子高生を乗せて駆け抜ける。

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