第九夜 清友
俺としては
俺はまだかまだかと心ここにあらずな日々を過ごしていた。
また更に数週間がたった頃。
「今日は暖かいな…」
朝起きて
地獄での生活にすっかり慣れきった俺は、梁と待ち合わせている
今まで毎日のように迎えに来てもらうことに罪悪感があった俺は、数日前に梁に頼みこんで『待ち合わせ』という形に変えてもらった。
梁はしぶしぶながら『閻魔堂内なら…』と俺の願いを承諾してくれた。
毎日、俺は一日の半分以上を梁と過ごしているわけだが、なかなか退屈しない日々を過ごせている。
梁が激務に勤しんでいる間、俺はというと地獄の従者たちの良い話し相手となっていた。
始めは梁の仕事の手伝いを所望したが、毎度丁寧に断られてしまうのでありがたく暇人の称号を受け取ったのだ。
することもなく茶を嗜んでいるのも飽きた俺が、その辺にいる従者に話しかけた事が発端だ。
相手は始めのうちは人間の俺を警戒していたが、日に日に話す時間が増えていき、今ではすっかり互いに良い情報共有の時間となっていた。
その様子が芋ずる式にほかの従者に広まり、今では多くの従者たちと交流することができている。
話題は日によって様々だが、主に
従者たちは人間界に興味があるらしく、たくさんのことを尋ねてくる。
どんな場所なのか、何を食べるのか、どんな風に暮らしているのか―、などなど俺が話せば話すほど瞳を輝かせて聞いてくれるもんだから満更ではない。
人間と話す機会がないのかと聞けば『罪人との私的な会話はご法度』との事で、罪人ではない人間の俺は貴重な存在らしい。
地獄にいればいるほど、みんなが良くしてくれるので、人間界にいた時よりもはるかに待遇が良いと感じる。
ゆえにもういっそのこと地獄で生きていくのもいいなぁなんて思ってはみたものの、同時に先の見えない俺の境遇に焦りを覚え始めた。
(そういえば、俺っていつまで
ある朝目覚めて一番に、俺の中で不思議とこの疑問がとてつもなく大きなものに感じた。
日常になりつつある地獄での暮らしに、俺の何かが『待った』をかけた。
(冷静に考えてみてもそうだ…。俺が地獄にいなくてはいけない理由ってどうしてだっけか…。)
思い返してみればすべての発端は俺が転生できなかったことにある…。
(
そうすれば梁も俺みたいな人間のお荷物を引っさげる必要もなくなる。
俺は無事転生して新たな人生を手にし、地獄の住人達は今までのように元通りの生活になるだけだ。
(これで「めでたし」、だよな…?)
俺としては地獄での生活も魅力的だが、ずっとここで客人扱いを受けるのはどう考えたって迷惑だろう。
人間よりはるかに
(明日にでも、梁にもう一度聞いてみるか…)
この時の俺は『この
翌朝、いつもの待ち合わせ場所である閻魔堂の門にて梁の到着を待つ。
(また梁に聞いて心証を悪くしたらどうしよう…)
『待っていて』と言われているのに急かすのはいかがなものだろうか。
でも、もうあれから一ヵ月近くが過ぎようとしている。
俺にとっては十分な期間待ったはずだ。これが人間界での取引なら、俺はいくらでも待つだろうが、俺のここでの生活…いや、人生がかかっている。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
少しして柔らかな風と共に梁がやってきた。
「壮馬様、おはようございます。」
梁は今日も優しい笑みを浮かべる。
「おっ…オハヨウ…。」
俺は緊張ゆえ、ぎこちない挨拶を述べる。
梁が心配そうにこちらを伺う。
「あ、あのさ梁…、おおお俺、お前にカクニンシタイコトがあってさー、」
だらだらと俺の頬を冷や汗が伝う。さっきまで生唾を飲み込んでいた口が、いつのまにかカラカラに乾いていた。
梁は俺の様子を察して「ふっ」と息を漏らす。
「壮馬様、まだ今日は始まったばかりなんですから、時間はたっぷりあります。壮馬様がお話しできるまで待ちますが…。それとも場所を変えたいですか?」
そう聞きながら、梁は優しく微笑み俺の手を握った。
(やっぱりコイツは優しいな…)
梁のいつもの様子に俺は少し安堵し、長く息を吐く。
そして俺は梁の目をまっすぐ見据え、はっきりと問うた。
「梁、聞かせてくれ。俺はどうしたら高橋壮馬の人生を終えられる?」
梁はやはり俺がそう声に出すことをわかっていたかのように、驚きもせず目を伏せた。
「…、壮馬様はご自身の人生をもう終わらせたいのですか?」
白々しい笑みを浮かべた梁が俺に問う。
「あぁ、本当なら俺はもうとっくに人生を終えられていたはずだ。俺が転生できなかった理由の解析は進んだのか?」
俺は負けじと梁を問い詰める。
「俺は鬼と違って永い時間を過ごしてきたわけじゃないから、待てと言われたこの1か月がとても長く感じているんだ。一体あとどれくらい待っていれば良いのか教えてくれ」
蒋の名前は出さず、慎重に言葉を選ぶ。
だんだんと声が強張るも、梁から目をそらさず声をぶつける。
少し間をおいて、梁が困ったように眉を下げる。
「そう…ですね…。何も告げないままお待たせしてしまい申し訳ありません。まだ…はっきりとした理由は解明できていないのですが…、そうですね、これはあなたにも知っていただきたいことだと思います…。」
「ときに壮馬様、あちらの梅を見てくださいな。」
不意に梁は俺に腰に手を回し、俺の体をぐるりと梅の木のあるほうへ向けた。
「おい、話しを…」
「これも、あなたの過去に関係があるかもしれないことです。これから私の知っていることをちゃんと壮馬様にお話しします。」
ずいぶんと大胆に話の腰をおると思いきや、梁は真面目な顔でそう言い放った。
「……、わかったよ。」
俺は梁から顔をそむける。そんな俺を梁は苦笑を浮かべながらエスコートした。
「壮馬様、これは私が生まれる前からある梅の木なのです。」
梁に連れられ閻魔堂の一角にある梅の木の前に立つ。
「人間の世界と変わらんもんだな…」
この梅が俺の過去とどんなつながりがあるのか…。疑心暗鬼な俺を傍目に梁は言葉を続ける。
「その通りです。幹も、咲く花も時期も人間の世界とまるっきり同じです。違うのは寿命だけ。」
梁は悲しそうな顔をして俯いた。
ですが壮馬様、
十六夜 藍白翠 @hakusui_ran
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