第四夜 運命
身体がふわふわする。まるでまだ眠っているかのような感覚だ。
(俺はいったいどうなったんだ…?)
ひとまず状況を確認したいが、いつぞやの状況と同じで辺り全体が真っ暗だ。
(また夢の中なのか…?俺はさっきまで何をしていたっけ…)
うつらうつらしながら今までのことを思い出してみる。
(閻魔堂に来て、転生させてもらったんだったか…?)
とりあえず転生途中ということならこのまま身を
しばらくしてまた目を開くと、今度は一面草が茂る地面に横たわっていた。辺りは霧で
「よっと」
身を起こしてみる。よかった、身体の自由がきく。
ここはどこだ?天国か?それとももう転生が終わった…のか?
俺は辺りをよく見渡す。視界が悪いが、近くに自分以外の気配は感じられない。
誰もいない世界に俺だけ取り残されたような気分だ。
(転生中だしたらここは天国ってことか?)
これからどうするべきなのだろうか。
ここにいればいるほど、どんどん冷静さを失っていくような気がする。
そんな時、どこからか聞いた覚えのある声が聞こえてきた。
「――んっ」
「じゃ…ん……ジャンってば!」
声は次第に大きくなる。
俺は急いで声の主を探す。
名前を呼んでいる男と、ジャンと呼ばれている者、少なくても2人はいるのだろう。
俺は辺りを警戒する。が、霧は晴れず未だに他の者の姿は見えない。
それにさっきから一方ばかりが喋っていて、もう一人の方から応答はない。
「ジャン、こっちだ!」
その声が聞こえた瞬間、背後から手を取られた。
「うわぁっと」
いきなりのことで体勢がふらつく。
そんな俺の様子もよそに手を掴んだものはすぐに俺に背を向け、そのまま俺を引っ張って走っていく。
「こっちだっ」
落ち着いた声で俺の手をさらに強く握りしめる。
(振りほどけない…!)
内心「誰ですか?」とか「人違いじゃないですか?」、「どこへ向かっているんですか?」なんて疑問が次々とあふれてくるが、全力で走っているからか全く声が出ない。
代わりに俺は目の前の背中を見つめた。
(こいつは確か――っ)
何かが思い出せそうなとき、眩い光が俺たちを照らした。思わず目が眩む。
その瞬間、男は俺を思い切り突き飛ばした。否、突き落とした。
俺はみるみる光に吸い込まれていく。
「ジャン…」
男はまたその名前を呼んだ。声はさっき聞いたものとは違い、どこか悲しげだった。
俺は男の顔を何とか確認しようとしたが、光はどんどんと強まり男の残像でさえかき消した。
(くそっ)
もう目が開けられない。
―俺は抗うことをあきらめ光に身を委ねた。
そして次に目を開けた時には、どこか見覚えのある天井が俺を迎えたのだった。
「目が覚めましたか」
どうやら昨日一泊した部屋にまた戻ってきたらしい。
「
そう言い残して姜は早々と部屋と後にする。
(情報量が多すぎるな…)
ひとりになり俺は大きく息を吐いた。
まず閻魔堂に来た時点で俺は戸惑っているのだ。そんなところから亡者になりましたやら鬼に会ったやら、転生しますやら言われても処理が追いつかない。冷静に振舞っていたのは情報処理が追いついていなかったからだ。夢の内容に関しても、
(昨日見た夢とさっき見た夢、出てきたのはたぶん同じやつだよな…)
俺の予想が正しければ、あいつは梁であると思う。言っても梁と話したのはほんの少しだから、違う人物である可能性の方が高いが…。
少しずつ自分の状況を振り返っていた時、ノックがした。
返事をすると梁が遠慮がちに入ってきた。
「ご気分はいかがでしょうか?」
居心地が悪そうに俺の顔色を伺っている。
「問題ない。が、聞きたいことは山ほどある。まず俺がここにいるってことは、転生出来なかったということであっているか?」
ぎくりとした様子で梁はしどろもどろ言葉を
「左様です。あの、本当になんとお詫びしたらよいのか…。転生の儀は間違いなく行われたのですが…その、何というか…、私たちもなぜ失敗したのか分からない状況でして…」
本当なのだろう。梁は少し早口になり弁明を続ける。
「先ほど他の方を転生させてきました。が、やはりそちらは何の問題もなくいつも通りでした。壮馬さんに起こったことは今まで例にありません。私も今まで幾度となく儀を行なってきましたが、私の術を受けて戻ってきた方はあなたが初めてなのです」
うっすらと涙を浮かべ、必死で訴えてくる様子に俺は少したじろぐ。
「わ…わかったよ。とりあえず落ち着こう。もしかしたらあの時だけ何か特殊な事態が働いて術?とやらがはじかれただけかもしれないし。そ、それにもう一度やれば上手くいくんじゃないか?」
俺としては早く原因を突き止め転生してしまいたい…。
ちらりと梁の様子を伺う。梁は涙を拭いながら、
「申し訳ありません。私もそうしたいのですが、先ほど私の父…、閻魔より
ぎょっとした俺を見て、ますます申し訳なさそうな様子で梁は言葉を続けた。
「父は壮馬様の記憶に何かを見つけたのでしょう。私も記憶を拝見しましたが、父はもっと深くを見ることができますので…。それに
梁が深々と頭を下げる。
「えぇ~っと…つまり、俺は閻魔の指示でもうしばらくここにいる必要がある。しかも、おま…じゃなくて、梁のそばにいなくちゃいけないということか?」
「左様です。名前をお呼びいただき有難うございます」
頭を上げた梁の表情が少しだけ和らぐ。
「これから壮馬様には食事と睡眠以外のお時間は私とともに過ごしていただきます。食事と睡眠はこの部屋で取っていただきますが、部屋の外には監視役が付きます」
(そんなのほぼ監禁じゃないか…!)
そう叫びたい衝動をぐっとこらえる。
「私たちもこんな監禁のような真似はしたくないのですが、何せ閻魔からの命令ですので…」
梁はまた頭を下げた。
(やっぱりこいつは俺の心が読めるのか…)
思わず顔がこわばる。そんな様子の俺を横目に
「さぁ、間もなく日が暮れます。今日のところはひとまずお休みください。壮馬様にはまだまだ休息が必要かと…」
そう言って梁は部屋を出ようと身を翻す。
俺はとっさに梁の
「いかがいたしましたか?」
梁が真っ直ぐにこちらを見つめる。
なんというか、端正な顔立ちの人に見つめられると同性でもドキドキしてしまうものなのか…。
「い、いやぁ~。特に大したことじゃないんだけど、ここへきてから同じ夢を見ていてさ…。なんか梁っぽい人が出てくるから少し確かめたくて…」
照れを隠すようにヘラヘラしてしまう。心の中でそんな自分の態度を余計に恥じた。
「おや、私に似ているとは…。それは興味をそそられます。いったいどんな夢を見たのか教えて頂けませんか?」
さっきの様子とはまるで違い、梁は楽しそうな笑みを浮かべた。
思いのほか俺の夢の内容に興味を持ってくれたようだ。
「えっと…。姿を見たわけではないのですが、ずっとあなたに似た声が聞こえるんです。行くなとか、何度も同じ名前を呼んでいたりして…」
「名前…?」
「はい。確かジャンって言っていた気がします…」
その一言に梁が目を見開く。わくわくしていた顔も真顔に変わり、空気が一瞬にして凍りつく。
「あ…れ?」
(なにかまずいことでも言ったのだろうか?それとも『ジャン』って名前は地雷だったか?)
俺はなんと声をかけたらよいか分からず固まる。
梁は少し間をおいて、
「それはおもしろい夢ですね。ですが今夜はゆっくり眠れるよう術をかけておきますので安心してお休みください」
そう言った後、にっこり笑って梁は俺の額に指を当てた。
―術のせいなのかこの後の記憶がない。
俺が目を覚ました時にはもう夜が明け始めていた。
梁は壮馬を術にかけて眠らせた後、とても長い溜息をついた。
(私のもとを去ったあいつが
梁の鼓動が次第に加速する。
「――っ
梁は高鳴る自分の胸を抑え、苦しそうにその名を呟いた。
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