第三夜 謁見
コンコンッ。
軽快なノックで目が覚めた。
なんだか久しぶりに熟睡できた気がするー。
「おはようございます。
扉の外から凛とした若い男の声がする。
「失礼します」
その声から一拍置いてガチャリと扉が開かれた。
「壮馬様、お目覚めですね」
声の主はやはり昨日の鬼ではなかった。
昨日の鬼より背丈は低めで、見た目も俺より若くみえる。
切りそろえられた前髪に大きな瞳がのぞき、なんとも精悍な顔立ちだ。『美少年』という言葉がぴったりと当てはまる。
「わたくしは
「…リャン?」
誰だっけか?さては昨日会ったあの鬼の名前か?
寝起きの頭はうまく働かない。ぼけぼけとした俺の様子に呆れた様子で
「壮馬様を昨日ご案内した方です。お会いになりましたでしょう?」
「あぁ…、あいつリャンっていうのか」
(確かに初めて会った時にそんな名前を聞いたような聞かなかったような…。)
あの時は地獄へ来たショックで俺は相当気が動転していたはずだ。覚えていなくても仕方がない。
そんなあっけらかんとした俺の姿に腹が立ったのか、目の前にいる『鬼2号』が
「なんと礼のない…。梁様は私の師であり、また閻魔大王様のご子息であらせられるお方です。そんな梁様をあいつとお呼びするのは私が許しません。また私の名前はキョウですので必ず名前でお呼びくださいね」
鬼2ご…いや、姜が俺の心を読んだかのようにギロリと俺を睨みつける。
(あいつ閻魔の息子だったのか?!)
知らなかった…。昨日は失礼なことを口走らなかっただろうか…。一気に不安がこみあげる。
「わかった。おま…じゃなくて姜だな!梁の名前もちゃあんと覚えたよ!お前の師を傷つけるようなこと言って悪かった。謝罪する」
頭を下げた俺にキョウはフンッと鼻を鳴らした。
(それにしてもコイツは梁とずいぶん性格が違うな。機嫌を損ねないよう気をつけよう…。)
俺は急いで身支度を整え、姜のもとへ向かう。
「待たせてすまない」
「…閻魔本殿へお連れ致します」
姜はぶっきらぼうにそう小さく呟くと早足で歩き始めた。俺は離されないよう急いで姜について行く。
しばらく思い沈黙が続き、広い館内には二人の足音だけが響いた。
しばらくすると特段に際立った大扉が見えた。初めて目にした俺でも、ここがどんな部屋なのか聞かずとも分かった。
「到着いたしました」
姜がその扉の前で歩みを止め、何かを呟いた。
すると大扉は姜の言葉に呼応し、ゆっくり開いていく。
そして開いていく扉から、じわじわと禍々しい空気が頬をかすめた。
「失礼いたします」
そういいながら姜は涼しい顔のまま入っていく。
(なんだこの異様な空気は…)
俺は空気に圧倒され一瞬たじろいだが、先に入った姜に睨まれ小動物のようにちまちまと姜についていく。
ちらりと前を確認すると、奥には大きな椅子がある。そしてそこには
(あれが閻魔…?)
顔を確認したいが空気の圧に押され顔を上げることができない。それにその圧のせいかさっきから汗が止まらない。
歩みを止めた姜が、乱暴に俺を
(〜っっこのっ。)
姜を睨みつけたかったが、俺の頭をすごい力で抑えつけるのでそれは叶わなかった。
「どうぞ顔をあげてください」
聞き覚えのある優しい声が耳に届く。
姜の手が俺から離れ、顔を上げると目の前には梁が立っていた。
そしてその奥には、
(閻魔…。)
つりあがった眼に整った顔立ち、そして梁と同じ漆黒の長髪。
優しい梁と威厳は比べものにならないが、顔立ちを見てすぐに血のつながりが納得できた。
(なんか、閻魔というより魔王だな…。)
ここへきてから何度俺の想像を壊されてきただろう。もう何もかもが俺の想像と違うもんだから、ここまでくると逆に冷静になってくる。
「どうぞ前へ」
そう梁に促され、閻魔の前に立つ。
「壮馬殿、昨日より待たせてすまなかった。早速審判を始めさせてもらおう」
そんな閻魔の想像の何億倍も穏やかな声色に俺は思わず、「へぁ?」と、みっともない声を出してしまっていた。
俺の様子に閻魔と梁はやっぱりといった様子で吹き出す。
「やはり私に最初に会った者は皆同じ反応をする。そんなに地上では私のイメージが悪いのか」
やれやれといった様子で閻魔が笑う。
「威圧感は凄まじいのですが、見ての通り普段は穏やかです。ただ罪人には対しては皆様が想像するような姿になりますので、壮馬様のイメージはあながち間違いではありません」
コロコロと楽しそうに笑いながら梁が説明を続ける。
「いま壮馬様が立ってらっしゃるのは魔陣の中です。罪人の場合はその魔陣が
「無罪…」
俺は安堵ゆえ、へなへなと膝から崩れ降りた。
良かったー。
いま以上に俺の人生でそう思ったことはない。
「壮馬様。宜しければこのまま転生の儀を行いますのでこのまま陣から動かないでくださいね」
梁の言葉に俺はうんうんと首だけふる。俺を確認した後、梁は目を
そしてその言葉に反応するように陣が光る。
しかし、これからこの地獄から解放されるというのになぜか俺の中で胸騒ぎがする。まるで転生してはいけないような、妙な罪悪感に近い感情が俺を支配する。
(この光景…)
これがデジャヴと言うものなのだろうか。なぜか覚えのある感覚ー。
光の奥で梁が目を開く。梁と目が合った瞬間、一層強まった光が俺を覆った。
しばらくして陣の光が消える。
が、そこには思いがけない光景が広がっていた。
「なっ…⁉︎」
梁が驚いた声をあげる。
その声の先にはたった今、転生させたはずの壮馬が倒れていた。いや、残っていたのだ。
閻魔、姜も同様驚きを
「陣が梁様の鬼術を拒絶した…?」
姜は顔を真っ青にしておろおろしている。
本来、こんなうろたえた様子を人間たちに見られるのは
しかしそれを
今までに何百年とこの転生の儀を行なってきたが、こんな事態は初めてであった。手応えはいつもと同じはず。術言も間違えたはずがない。しかし、この男はまだここに居る。普段どんなことにも決して動揺を見せない梁でさえもさすがに冷静を失った。
「ふぅむ…。」
そう言いながら閻魔が椅子から立ち上がり、壮馬のそばによる。
「意識を失っているね。さて、どうしたものか」
困った顔をしながら閻魔は素早く新たな術を壮馬に被せた。そしてしばらくの間、目を
そこからしばらくした頃、閻魔が眉をひそめた。
すぐに術を解き指を鳴らすと壮馬の姿がゆっくり消えていった。
「姜、いま壮馬殿を部屋へ送った。数時間したら意識が戻るだろうから、それまでそばについていてあげなさい」
「は、はい!」
閻魔から名前を呼ばれ何とか落ち着きを取り戻した姜は、早足で部屋を後にした。
「それと、梁。さっきの転生の件で少し気になることがある。壮馬殿はしばらくここにいてもらおうと思うが、いいね?」
「父上のお言葉のままに」
梁は返事をして片膝をつく。
「梁、さっきのことは気にしなくていい。お前も仕事に戻りなさい」
そう言い残した閻魔は、再び椅子へ戻り思案を始めた。
梁も
誰もいなくなった部屋で閻魔は大きなため息をついた。
(さっき見たあの男の中の記憶が間違いないものであれば、これはなんたる巡り合わせ…)
「こんな地獄で、神のいたずらに会うとは…」
そう言葉を漏らし、これからどうしたものかとひとり静かに苦笑した。
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