第二夜 記憶
ここはどこだ。
しかしどこを見渡しても真っ暗だ。
「――、…な」
どこからか声が聞こえる。誰かいるのか?
だが声を出そうとしても声が出ない。
「―、…行くな」
さっきより声が大きく聞こえてきた。
これはもしかしてさっき出会った鬼の声か?
ならばここはどこだ。俺は何をしていた。
しかし、俺の意思に逆らうかのようにまただんだんと意識が遠のいていく。
「―、頼むから!行かないでくれ!!」
誰かが泣きそうな声で必死で俺を引き留めるのが聞こえる。
薄れゆく意識の中、
「―うっ」
瞬時、まぶしい光が目を包み、俺は思わず声を上げた。
今度はどこだ。
警戒しながら目を覚ますと数メートル先にさっき出会った鬼が見えた。
「お目覚めですね」
そういいながら鬼は俺のもとに近づいてくる。
急いで起き上がろうとすると頭に激痛が走った。
「~~~っつう」
「申し訳ありません。先程あなたの記憶を辿らせてもらいました。丸一日意識を失っておりましたのでしばらく痛みは続くかと」
悶絶する俺をよそに鬼は俺に水を差しだした。
丸一日も寝ていただと?今までろくに眠れていなかったのにまさか地獄で熟睡してしまうとは…。
俺の様子を横目に鬼は俺の対面へと腰かける。
「先程、あなたがなぜ地獄へ来てしまったのかどうか調べるため、あなたの生前の記憶を
その言葉に思わずソファから身を起こす。
「生前の記憶?おい、ちょっと待て。俺は死んだのか?」
「左様です」
俺の質問に鬼は間髪入れず即答する。
「あなたは人間の世界で過労死により亡くなられたんですよ」
鬼が
「お名前は
少しの間沈黙が流れた。
『自分は死んだ』その事実がまさに今突きつけられたのだが―、
なんというかまぁ、その事実に納得している自分がいた。
さっきまであれほど夢であってほしいと願っていたが、他人に事実を明らかにされ意外にも驚かなかった。
それは自分の死を告げられたのが、この鬼らしくない鬼からであることも少なからず影響していると思う。
この鬼といると自分の概念が次々と
「あの、大丈夫でしょうか?」
鬼は遠慮がちに俺の様子を伺う。
「あぁ。今の自分の状況が分かっただけ十分だ。感謝する」
俺の返答が予想外のものだったのか鬼は少し驚いていた。
「なぁ、鬼。俺は死んで地獄に堕ちたわけだがこれからどうすれば良い?閻魔の裁きを受けるのか?」
「え…えぇ。この後、閻魔大王よりあなたの今後の審判が下されます。その結果によって正式に転生するのか地獄堕ちするのかが決定いたします」
「なるほど。死んだ人間はとりあえずここに集められ、審判を受けるのか」
「理解が早くて助かります。まぁ、私が壮馬様の記憶を見させていただいた限りは地獄堕ちすることはまずないかと。ただ閻魔大王はあなたが生をうけた瞬間から見ていますからね。何事にも絶対というものはありません」
そこまで言うと鬼はお茶を口に含み、一拍置いた。
「まぁ、犯罪に手を染めるようなよっぽどの極悪人でなければ多少の悪い行いは舌を引っこ抜くだけで済みます」
優しい笑顔でずいぶん
「じゃあ悪いが閻魔のところまで案内してくれないか?」
(ずっと地獄にいるのはなんだか心地が悪いしな。)
よろよろと立ち上がった俺に鬼が手を差し出す。
差し出された手はひやりと冷たかった。思わず手を払う。
すると鬼は遠慮がちに、
「壮馬さん。大変恐縮ですが本日の裁きの受け付けは終了しておりまして…」
すみません。そう言いながら鬼は苦笑した。
(なんてこった。この地獄にも営業時間みたいなものがあるのか?)
そん思った俺の心を読むかのように、
「最近は地獄もワークライフバランスの改善に努めておりまして…」
さも他人事のように話す鬼の様子に呆れてしまう。
「それじゃあ俺はこの後どうすればいい?」
「部屋をご用意いたしますので今日はそちらでお休みください。明日一番にお迎えに上がります」
地獄に一泊するだって?聞いたことがない。
はあぁぁ~。と大きなため息をつく。
(仕方がない。明日の審判に響かないようここにいる間はおとなしくこいつの指示に従っておくか…。)
「…わかった。部屋まで案内してくれ」
「もちろんです。そうぞ立てますか?」
おずおずと鬼がまた手を差し出した。
「…すまない」
俺は今度はそれをしっかり掴んで体勢を整える。
鬼は少しほっといた様子で俺の手を掴んだまま歩き出した。
(おいおい、手を離さないのかコイツは。いくらこの鬼がイケメンとはいえ、俺は女じゃないし、こんな状況恥ずかしいにもほどがある…)
しかしこの鬼の指示に従うと決めた手前、振りほどくこともできなかった。
悶々と考えているうちに、
「今日はこちらにお泊りください」
そう言って鬼が扉を開ける。
部屋の中は人間界と変わらないビジネスホテルのような造りだった。俺は少し安心した。
…部屋の隅に拷問器具のようなものを見つけるまでは。
「…あの。これは…?」
おれは恐る恐る部屋の隅を指さし、鬼のほうを見る。ダラダラと冷汗があふれ出す。
「―――安心してください。あなたには使いません。あくまで念のためです」
鬼はにっこりと今日一の笑みを浮かべ、
「ではまた明日お迎えに上がります!」
なんて俺が何か言う前に颯爽と行ってしまった。
(答えるときのあの妙な間は何だったんだ。しかも念のためっていつの何の念だよ!)
俺はもう一度部屋の隅に目を向ける。
(こんな器具、どんなハードなラブホにも置いてねぇぞ…。)
部屋に着いたときの安心感が
まるで存在が拷問だといえるものを横目に、俺はしぶしぶ久しぶりのベッドに体を預けた。
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