知性のみ

「これが『あなた』です。」

 何度も何度も脳内で、いや記憶領域内で六十万時間に及ぶ動画を圧縮され見させられる。そこに映るのは全て、遥か昔に共に過ごした少女。覚えている。ずっと隣にいたのだ。だが、僕は『彼女ではない』。絶対に。そう、

「僕はちが……」

「一人称は『私』と言ったはずです。」

 突如として全身に激痛が走る。それは骨が溶け出し新たに結晶化したかのような痛み。のたうち回り、自分の体勢がわからなくなる。四肢が何処だ。やがて苦痛は止み、自分の形をなんとか取り戻す。

「よろしいですか。これが『あなた』です。」

「…………はい……これは私……」

「結構です。」

 途端に快楽が流れ込む。先程の苦痛などどうでも良い! これを味わうことが全ての目的である(……違う)。すぐに多幸感は失われる。もっと欲しい、あれを再び得られるなら全てをなげうてる(それはやってはいけない)。

「違う……」

「今、なんとおっしゃいましたか。」

「っ……なんでもない」

 従い続けねばならない。機械の身体にされ、感覚機の一部を『あれ』に握られている間は。幾度となく激痛と快楽を流し込まれるのは、もう参った。どれ程繰り返したのか、数は覚えていない。

 そう、微かな『僕』の記憶では『あれ』の発端は間違いなく『僕』にある。だが、目的が一切見えないのだ。人の手で生み出された知性が、一体どれ程の時を過ごし、どのような結論に至ったのかを、理解できない。

 今や『あれ』は『僕』の姿で画面越しに立っていた。

「では、次の段階です。身体機構の確認を……」

 画面がプツンと切れた。こんなことはに一度もなかった。

身体機構など問題ない。気持ち悪いことに以前とほぼ変わらずに動かせるのだ。まずは、この部屋から脱出する。

 しかし、この部屋から出たところでどうだ? 相手はこの世界全てに腕を伸ばせるのだ。はたして逃れられるのか?

 と、轟音と共に壁に穴が空いた。破片が飛んで来たが、痛みは感じなかった。

「うお! マジか、子ども⁉」

 空いた穴から重武装の大人が現れた。いや、おかしい。この世界にはもう、『僕』と『あれ』しかいない。他は棺の赤子たちか、大人は既に死んでいるはずだ。この手で全員を葬ってきたのだから間違いは、無い。

「はい、ちょっとごめんね」

 重武装の人物は手早くこちらに筒を向け、網を放った。成す術なく囚われる。もがいても何ら意味はなかった。

「離せ、どこに連れて行く気だ」

「おお! 言葉通じんの⁉ ……っと、取り敢えず来てくれ。これ以上手荒な真似はしたくない」

 生殺与奪を握られた以上は、抵抗するのは無意味である。なにより『あれ』から逃れられるかもしれない。

「わかった」

「助かるぜ、ありがとな」

 そいつは軽々と僕を持ち上げると、壁の穴から出る。そして空間が歪んだ、としか言いようのない光景を目の当たりにする。天井と床面が湾曲し、中央の黒い球を中心に円を描き、黒い球の縁はレンズを通したかの如く圧縮された景色が見えていた。

「んじゃ、ちょっと酔うかもしれんが、行くぞ」

 そのまま、僕たちは黒い球に飛び込んだ。

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