神の不在たる孤立系
外の世界とは、それは広いものだった。親と同じような人々 大人と言うらしい が数多闊歩し、奇妙な造形物がそこいらじゅうにあった。
「ほら、ぼくちゃんたち、食べていきな。そろそろお昼だろう?」
「ありがとう‼ おねーさん!」
若い女性に声をかけられて、少女が笑顔で応える。
「行こう! ここの$ギ*\gㇻ、一度食べてみたかったの!」
そう言って手を引かれて、扉を潜り抜ける。
店内はよくみる飲食店だった。すぐに料理が出てきて、少女は目を輝かせる。
「すごい! すごい! 本で見た通りね‼」
「香ばしい、というのかな。食欲をそそられる」
その料理は中空の円筒形であり、穴から湯気がモクモクと立っていた。焼き目が付き硬くなった表面を割ると、中からドロリとした黄色い液状のものが出てきた。ほんのり甘い香りがする。
「あっふ、あっふ……おいしい!」
少女の頬を抑えて食べる様子を見て、僕も一口つける。なるほど、程よい油の味と甘みが口に広がった。
「ね、おいしいなら、おいしいって顔しなよ」
少女がこちらを覗き込みながら、そう言った。
「……している。心外だ」
「い~や、全然表情が変わんないんだもん」
スッと匙がこちらに突き付けられた。
「はい、あ~ん」
「んな……はいはい、あ 」
『三十六地にて一名の寿命が終了』
透明な声が急き立てた。いつの間にか傍らに、四角柱のロボットが居た。僕は開きかけた口を閉じて、立ち上がった。
「いこう、仕事だ」
少女は匙を差し出したまま目を伏せて、置いた。
「……わかったわ」
目的地はちょうど中央ドームの反対側にあった。最短距離を行く。巨大なドームは適度な湿度と温度の空気で満たされている。青々とした芝を踏みしめて、整然と並ぶ銀の揺り籠の間をすり抜けてゆく。それら一つ一つには全て、赤子が入っている。
静謐たる空間には相応しき管理者が必要なのだ。四角柱の管理者は僕たちに付き従う。
「私は……やっぱりここが苦手。結局ここは……」
「そう、でも大丈夫だ。僕らのやることは決まっている」
やっと、ドームの端に着き、目的地に到着した。そこには数名の大人が、地べたに横たわる老人の死体を囲んで待っていた。
「ああ……来てくれたのね。ありがとう」
少女は微笑みを返した。それは、先程の食事を前にした時とは全く異なる、慈母の微笑みであった。僕は前に進み出て、その頬に手を添える。そして、呼んだ。
「この死体を処理して」
『承知しました。』
地面から金属の腕が大量にせり上がり、老人の姿を隠した。わざとらしく大きな機械音が肉や臓物を引きちぎり、骨を砕く音を隠す。周囲の大人達は跪き両手を合わせ、ただ待っていた。やがて、金属の腕たちは地下の機層部に引っ込み、遺されたのは細やかな紋様を刻まれた一本の太い骨。
「墓地に向かいます」
僕はそう言ってドームに足を踏み入れる。僕と少女を先頭に、数名の大人達は恭しく付き従う。そして、その後ろを四角柱のロボットが追った。
一人の女性が不意に立ち止まった。そして、一つの銀の揺り籠を食い入るように見つめる。
「これ……この子、わたしの子……間違えるはずもない。わたしの……っ」
女性はその棺にフラフラと歩み寄ると、抱きつき、拳で叩き、喚く。
「なんで、取り上げたの! わたしの子なの! いま出してあげるから‼」
「いけない! 離れてください!」
少女が女性に抱きつき、引き剝がそうとする。
「うるさい‼」
女性の腕が少女を振り払う。少女は隣の棺に頭をぶつけ、尻餅をついた。
「いっ……あ、待っ……」
少女が言い切る前に、四角柱から生えた機械の腕が女性の腕を折っていた。凄絶な悲鳴がドームに反響した。
『そのカプセルに触れること、少女を傷つけることは、あなたに許されていません。』
大人達は女性を取り囲み、そのカプセルから離す。そして腕を治そうと右往左往するが、彼らには知識が無かった。
「僕が応急処置をします。離れて」
そう言ってしゃがみ込み、診ようとす……
バキッ
視界が歪み、痛みが頬に走った。次の瞬間、女性の頭部は胴体からねじ離されていた。
『警告の無視、そして最大の禁則行為です。』
殴られたのだ。僕たちの身体はどこまでいっても大人達よりも弱い。少女が僕の身体を支えて、僕は立ち上がった。大人達はひれ伏し、許しを乞うていた。
「死体の処理を」
『承知しました。』
もう一本、遺骨が出来上がった。
「顔を上げてください。墓地に向かいます」
そう、もう一度言って、僕と少女は歩き出した。
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