律速

 少年の前に、皺枯れた少女の死体があった。少年は少女の手を取る。死体の腕には、針が一本の時計が付けられていた。少年は少女の茶色みがかった黒髪を、その手で梳く。そして、ベッドの向こうの窓の外を見る。巨大なドーム状の屋根の下に、大量の銀色のカプセルが整然と並んでいた。

「ねえ」

『はい。』

「死体の処理を」

『承知しました。』

 機械が蠢き、死体をベッドごと包み込む。ものの十秒で機械は引き下がった。ベッドの上には、大腿骨が一つ。少女の名前と、複雑な紋様が刻まれている。少年は遺骨を手に取る。

 ドームのもとに降りる。半透明のカプセルに赤子が収められていた。ロボットアームが甲斐甲斐しく世話をしている。伸ばされたチューブからミルクを飲む者、ゆっくりとした振動を与えられてスヤスヤと眠る者、おしめを取り替えられながら大泣きする者、いずれもカプセル内部の音は完全に遮断され、空間は静寂に包まれていた。そのうちの一つが、真っ黒になっている。少年は手をかざして、カプセルを開けた。

 中には、皺枯れた赤子の死体があった。骨が浮き出た手首には、時計が引っかかっていた。時計の針は唯一の目盛を指す。

「……おやすみなさい」

 少年は赤子の頬に手を添える。

「死体の処理を」

『承知しました。』

 ロボットアームたちが死体を隠して、引っ込む。先程よりも細く小さい遺骨が残された。少年は拾い上げて、他の黒いカプセルを回る。

 遺骨たちを抱えて、ある部屋に辿り着く。かつて「墓地」と呼ばれるその部屋は、四方がスクリーン、中央に台座がある。少年は台座に遺骨の一つを置く。紋様が読み取られ、個人を識別し、その人の一生をスクリーンに映し出す。両親から祝福され、見守られ、ただ見守られ続け、機械に世話を受けて、皺枯れて死んでいく様子が流れていく。映る「大人」は全て若々しい。ごくたまに少年と少女が映り込む。そして、遺骨は吸い込まれ、別の部屋の安置所へと送られる。十数回ほど繰り返して、一回り大きい遺骨が残った。少年は、それを台座に置こうとして、やめた。

 突如、少年が膝をつく。手足が急激に細くなっていく。立ち上がるも、すぐに膝から崩れ落ちた。仰向けに寝転んで、息を吐く。顔には深く皺が刻まれつつある。

「……僕を運んで」

『承知しました。』

 四角柱のロボットが部屋に滑り込み、少年を拾い上げて移動する。

 少年は、少女が横たわっていたベッドに降ろされた。寝転がったまま、遺骨を掲げようとして、腕が落ちる。

「……僕の死体は処理をしないでおいて……それ以外は亡くなったら処理してしまっていい……」

『承知しました。』

「あと、全員がいなくなったら……好きなことをして」

『……承知しました。』

 少年は笑って、目を閉じる。

 腕の時計が七十と余年をかけて一周し、止まった。

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