永遠に幼きアダムとイブ
「ねぇ、あなたは大きくなったら何をしたい?」
あの少女は控えめな、でも華が咲いたような、そんな笑顔で僕を覗き込んだ。まだ親達が働いていて、僕らは白い部屋にいた頃の話だ。
「え⁉ いや……想像できないなぁ」
「ふーん。そっか……」
物心ついたときから、僕らはこの部屋にいた。画面越しの親達から知識を与えられて……彼らを親と呼ぶことも習った……合成樹脂と金属の腕に抱かれて育った。
「私はね! この部屋の外に出てみたいの!」
「外……?」
「そう! 親達もね、私が大きくなったら外に出ていいって言ってたの」
「外って……何があるのさ」
「色んなもの! ここには無いものがたくさんあるんだって!」
そう言って僕に差し出したのは本の山だった。写真集や図鑑といったものだった気がする。煌びやかな電灯に見たこともない形のものが飾られた細長い道、奇妙な形の服を着た親達に似た人々、緑色の床面がどこまでも伸びる大きな部屋とそこに並べられた大量の銀色の繭。
「なるほど、ね……確かに」
「すっごく面白そうよね! もし外に出られるようになったらさ、一緒に行こうよ!」
「いいよ、僕も行こう」
「ほんと! やった‼」
あの少女はそう言ってから抱きついてきた。それを僕はいつものように受け止める。
「ほんとはね、少し怖いの。でもあなたがいてくれれば大丈夫、そんな気がする」
胸に埋めた顔を上げて、少女の瞳に僕の顔が映る。
「約束だよ‼」
「わかった」
大画面が光った。と同時に少女がパッと離れた。どうしたの、と訊いたらそっぽを向かれた。
「久しぶりですね」
その日は男性が出てきた。父親と言うのだったか。
「恐らくこれで最後です……私たちは失敗しました。あなた二人に全てを託すしかありません」
父親の様子から疲れが見て取れた。親のこんな様子は初めてのことだった。
「なになに? 任せなさい!」
少女が目を輝かせて画面を見る。そうか、これは久々のミッションという訳か。前にやったのは親の一人のバイタルサインデータの処理とかだった気がする。あれは存外楽しかった。少女は非常に退屈そうだったが。
父親はスッと左腕を画面に映し出した。小さな腕時計があった。針は間もなく唯一の目盛に届きかけていた。
「私はもう間もなく、老衰で死ぬ」
若々しく張りのある肌が徐々に水分を失い始めた。
「これは我々の延命治療に払った代償。だから……ゲホッ」
声が擦れ、みるみるうちにその顔は恐ろしく垂れ下がる。
「せめて、君た、ち、は……」
異様にせり出した眼球が見開かれたれたまま、父親は動かなくなった。少女はいつの間にか僕の手を握っていた。
『こんにちは。お二方。』
スピーカーから無色透明な声が聞こえた。初めて聞いた声だった。画面には相変わらず老人の死体が映し出されていた。
『たった今、あなた方に指揮権が譲渡されました。指示をお願いします。』
「えっ、ふぇ」
少女は口を開けた。が、特に何も言えなかった。恐る恐る僕の顔を覗き込んでいたように思う。だが、僕は大画面から目が離せなかった。
「どうしてこうなったのか、僕らは何をすればいいのか、教えて」
『承知しました。』
僕らの手首には、三分の一ほど針の進んだ時計がはめられていた。
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