第33話

 M駅周辺は以前来たときと同様に閑散としていた。ほとんどの店のシャッターが閉まっているため、逆に開いている店のほうが目立っているような有様で、駅前のレンタカー屋でさえ本日休業の看板を掲げていた。夏場の海水浴や冬本番の流氷のシーズンには人が増えるというが、いまは流氷の時期には少し早い空白の季節で、路面に薄く積もった雪がただでさえ寂しい街並みから色彩までも奪っている。

 あなたは天上に頼んで、駅に併設している売店に連れて行ってもらった。特に買いたいものがあるわけではないが、ここへ来た目的を訊かれて、とっさに土産物を見たいと答えたのだ。


 店はほとんど地元の客向けのようで、おにぎりやサンドイッチといった食品類やそのほかの日用品類に追いやられるようにして売り場の片隅に土産物が置かれていた。種類も決して多いとは言えず、名物の蟹の粉末を使った煎餅と何の代わり映えもしない饅頭が少し埃を被った状態で平積みにされている。その隣にはキーホルダーが並べられているが、あなたにはそうした安っぽい土産を気軽に渡せる友人はいなかったし、ましてや天上と揃いのキーホルダーを買うなど、考えただけでほとんど屈辱に近い恥ずかしさが観念的な胃酸となって胸にこみ上げてくる。


 結局、ありもしない友人への土産にと蟹のキャラクターのキーホルダーを購入し、あなたは店を出た。


「顔色もよくなってきたみたいだね」


 天上は日に照らされたあなたの顔を見て言った。


「少しお茶でも飲もうか。来る途中、やっている店をひとつ見つけたんだ」

「いいわ。実はちょうど喉が渇いていたところなの」


 天上に案内されたのは大通りを駅から北に少し進んだところにある、古びた看板を掲げる小さな喫茶店だったが、なんと向かいには憂希と訪れた蟹料理の店があり、偶然のこととはいえあなたの表情はやや強張った。あの夜、憂希と蟹を食べながら語り合った内容や、その後の車内でのできごとがふいに脳裏に鮮明なヴィジョンとなって甦ってきた。憂希の行き場を失った無垢なパトスを愛情の牙で蹂躙したときに味わった、透明な血の味を思い出し、あなたの頬はにわかに紅潮した。


 あなたが自分の口から語らぬ限り、憂希とのあいだに起こったことを天上に知られる心配はなかったが、それでも油断ならないのが天上という男である。ふとした瞬間の表情や目の動き、言葉のひとつひとつ、そのどれが天上の心に引っかかるのかわからない以上、あなたとしては細心の注意を払わなければならなかった。

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