第31話

 天上の介抱のおかげで、あなたは翌朝には部屋のなかを自由に動き回れるほどまで回復した。体温も平熱まで下がり、昨日何も口にできなかったあなたは、ホテルのバイキングでいつもよりも多めの朝食をとった。天上はあなたが眠っているあいだに食事を済ませたと言ってホットコーヒーだけを持ってきたが、天上に見つめられながら食事をするのはあまりよい気持ちがしなかった。天上は相変わらずあの冷たい眼差しをあなたに向けており、あなたは首筋に観念の刃をあてがわれたような緊張感とともにパンやサラダ、スープを口に運ばなければならなかった。


「昨晩はずっと私につきっきりだったんでしょう。部屋で休んでいてよかったのに」


 あなたは気遣いではなく一人になりたい気持ちからそう言ったが、天上は微笑とともに大丈夫だと答えた。


「看病の合間に休んでいたからね」

「熱に浮かされて、妙な寝言を言っていなければいいんだけど」

「きみが心配するようなことはなかったよ。可愛らしい寝言は二、三度聞いたかもしれないけれどね」


 天上の含みを持たせた言い方にあなたの目つきが一瞬鋭くなったが、すぐにあなたは笑顔の膜を上から貼って警戒心を隠蔽した。


「どんなことを言っていたのか気になるわ」


 あなたの言葉に天上は答えないまま白い歯を見せて笑った。


 朝食を終えたあなたは天上と一緒に部屋へ戻り、部屋着から外行きの装いへと着替えることにした。あなたは寝室で服をすべて脱ぐと、裸のまま洗面所へと向かったが、天上は一糸纏わぬあなたを見ると、気まずそうにリビングへと引き返した。フィアンセである天上に裸を見られることについてあなたは特に気にしていなかったが、天上のほうがかえって律儀になって、あなたを極力見ないように努めている様子だった。


 この余所余所しさにはあなたと天上がまだ男女の関係に至っていない事実も影響しているように思われた。あなたと天上が互いの両親に認められ、婚約を結んでからそれなりの期間が経過しているが、天上はまだあなたの夜の対話に誘っては来ない。


 まだ学生であり、少女の殻を破りきらないでいるあなたに対して慎重になりすぎているのか、それとも生来そちらの方面にかんして食欲が旺盛ではないのか、とにかくあなたは自分が天上に抱かれる光景を想像することができなかった。少なくとも、彼や憂希とのあいだに感じたような激情を、天上から得ることはないだろう。冷たい瞳を除けばほとんど特徴のない天上に迫られるのは、まるでのっぺらぼうの人形と抱き合うような虚しさをもたらすに違いないとあなたは思った。

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