第30話

 あなたと彼、あなたの弟は二人の本当の関係性を母に気づかれないよう巧妙に隠蔽してきたつもりだった。あなたがたは母の前では仲のいい、けれども適度な距離を保った姉弟として振る舞い、じっさいそれは完璧な演技であったとあなたは思っている。けれども、母はあなたがたの秘密に気づいた。母のあなたがたを見る目、特にあなたに向ける眼差しは日に日に変化していった。


 もともと冷たい目をしている人ではあったが、そこに暗い夜の霧のような感情が少しずつ加えられ、不気味な印象が強まっていった。その目に見つめられると、あなたのまわりにはいつの間にか黒い霧が立ちこめ、冷たい夜気が心をじわじわと凍りつかせるのだった。それは怒りとも憎しみとも違う、怨みとでもいうべき感情だった。


 母は口には出さないが、あなたがたの関係性について気がついている。あなたにはその確信があった。最も愛する存在である彼、亡き夫の面影を残す息子を汚したあなたを、母は娘ではなく一人の敵として見ている。あなたと向かいあうとき、母の身体からはいつも太陽のコロナのように黒々とした怨念が放たれている。


 その母が、あなたの夫の候補として連れてきたのが天上だった。しかし、候補とはいっても、互いの親どうしで事前に何らかの取り決めがなされており、ほとんど許嫁のようなものであった。あなたには選択肢というものがなかった。子どものささやかな反抗ではどうにもならない状況があなたの知らないところですでに構築されており、あなたがた姉弟を引き離すための準備が着々と進められていたわけである。


 あなたが天上の眼差しに異常な反応を示すのは、こうした経緯のためでもある。天上は単なる婚約者ではないのかもしれない。本当のところは母からの使命を受けた密偵で、あなたがた姉弟の関係性を密かに探っているのではないか。そんな馬鹿げた被害妄想にあなたは何度襲われたか知らない。だが、単なる妄想であると切って捨てることもできなかった。天上はいつもあなたから彼のことを聞きたがり、また彼からあなたのことを聞きたがった。そしてのちに判明したことであるが、天上はあなたの知らないところで母と会い、密に連絡を取り合っていた。

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