第26話
火照った頭があなたに悪い夢を見せていた。彼と初めて愛しあったあの夜のこと。あなたが最初に犯した罪であり、あなたに降りかかった呪いの根源であるあの交わりの記憶を。
あの夜のことは、いまでもはっきりとおぼえている。それこそ、彼と交わした言葉のひとつひとつに至るまで、あなたはいまここで命じられれば克明に書き記すことができるのだ。
彼のささやき、愛撫する手つき、男であることの証明のような硬質さ。五感にまつわるあらゆる記憶があなたの脳裏に決して消えないインクで記録されていたが、なかでも印象に残っているのは熱にかんするものだった。彼を受け入れた瞬間、彼の身体からあなたの身体に大量の熱が流れこむ感覚があり、そうかと思えば、あなたから彼へ大量の熱が逃げて、凍えるような寒さに襲われる瞬間があった。そういうとき、あなたは喪失を補うために彼にしがみつき、彼もまたあなたを激しい抱擁によって拘束してその身体を貪った。まるで二匹の肉食獣が絡みあい、互いの肉を喰いあっているかのような歪な交わりだった。
あのとき、あなたがたは処女であり童貞であった。互いの純潔の証を、血の繋がった姉弟のあいだで交換するということは、あなたがたにとって神聖な儀式そのものだった。少なくとも、あなたはそう思っていた。たとえばほかの男が相手であったならば、たとえその男が童貞であったとしても、あのときのような感動を得ることはなかっただろう。同じ色と匂いを持った血が混ざりあい、愛の熱によって凝固して、緋色の、美しく透きとおった結晶と化していくような幻想を、あの夜あなたは彼の腕のなかで抱いたのだった。
しかしその結晶は、彼との愛を深めるにつれて色を濃く変化させていき、いまや黒い悪性の結石となってあなたの心を蝕んでいる。こんなはずではなかったのだと、あなたは激しく脈打つ左胸を押さえながら思った。
あなたは風邪をひいて寝こんでいた。憂希を家まで送り届け、濡れた身体のまま雪のなかをホテルまで歩いて戻ったのがいけなかったのだ。部屋に戻ってすぐにシャワーを浴びたものの、その夜のうちに体温が三十九度を超え、ベッドから身体を起こすことさえままならない状態が丸二日も続いている。
割れるように痛む頭をおさえながら傍らの受話器を取ったあなたは、フロントにワインを持ってくるよう頼んだが、病人にアルコールを提供することはできないと断られてしまった。食事も喉をとおらないなか、アルコールへの衝動だけはおさまることを知らなかった。いまはどうしても飲みたい気分だった。この身体がどうなってもいい。それよりも、頭のなかに白昼夢のように浮かぶ光景を忘れてしまいたかった。
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