第14話
あれから少年は夕方になると必ず砂浜にあらわれるようになった。またあなたも、今日こそは会わないようにしようと思いながら、気がつけば同じところに座って少年を待っているのだった。冬の暗い砂浜で待つ身が寒さに震えるとき、あなたは無性に惨めな気持ちになった。なぜあの少年のために、この身を凍てつくような海風に捧げげなければならないのか。相手はまだ高校生で、あなたはあと数ヶ月で大学を卒業しようとしていた。年下の男に尽くしているかのようなこの状況はあなたの自尊心を傷つけた。
どうしてあのとき、少年を突き放さなかったのだろう。いや、それだけではない。彼がいないという確信を得た以上、あなたがここに留まっている必要はないのだ。滞在期間を切り上げて東京へ帰れば何も問題がないではないか。
だというのに、いまだM市に滞在し、少年を待ち続けている。その事実には、ほかでもないあなた自身の意思が確実に介在していた。一つ断っておかなければならないのは、あなたは決して哀れみを愛情と勘違いするような女ではないということだ。あなたの少年に対する感情には、底の知れない淀みがあった。少年はある部分において彼に酷似しているいっぽうで、別のある部分においてはあなたにそっくりだった。彼のような無邪気な身勝手さであなたを求めてくるかと思えば、あなたのようにいきなり思い詰めた態度になって、孤独の繭に籠もることがあった。
見ていて痛々しかった。何とかしてあげたいとさえ思った。だが、これこそが哀れみなのではないか。だとすれば、それは誰に対する哀れみだろうか。少年か、彼か、それともあなた自身に対してだろうか。
いずれにせよ、このままぎりぎりの場所で踏みとどまっているのは無理であり、あなたたちの関係性はじきに後戻りのできないところまで進んでしまうであろうと思いなされた。しかし、結局あなたがとった選択肢は少年を拒むことではなく、受け入れる理由を考えることだった。哀れみだけで人を愛する女ではない、という自負があなたにはあった。ゆえに、この愛にはきっと意味があるはずだ、と。
「私にとって愛とは証明なの。いまだってそうよ。こうやってあなたを愛することで、私は世界に対して一つの事実を証明している」
彼と初めて愛しあったあと、温かい腕のなかで放った言葉が思い出された。確かにあなたは彼を愛することで、心の最も暗い領域を照らしだし、ある隠されたイデオロギーを世界に対して証明した。では、少年を愛することで、何を証明するのか。証明しようとしているのか。あなたはそれを知らなければならない。
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