第13話

「でも、心配ですね。あの人、あなたの恋人なんでしょう」

「恋人、ねえ」

「違うんですか」

「私と彼との絆はね、愛だとか恋だとか、そういう単純で脆いものではないの。もっと複雑で、がんじがらめなの」

「そう。よくわからないけど、それ、ちょっとおそろしいな」


 少年は屈託ないふうに言うが、あなたの目から見れば、少年のほうこそ母との複雑な絆に縛られており、またそのことに気づいていないぶん、ずっと厄介であるように思われた。車が赤信号の前で停止すると、あなたの手は静かに少年の手へと伸びた。それはまったく無意識に行われた、ある種の儀式のような接触だった。


 あなたはこの数時間のうちに、少年に対する共感シンパシーを募らせていた。相手が不在のなかで一方通行の愛情を育むことの空しさを、あなたたちは誰よりも知っている。心の空洞を孤独によって埋める悲しみもまた、あなたたちだけのものであろう。同じ苦しみを分かちあう者どうしの友愛の証として、あなたは少年の手を握ったのだった。が、少年の指は無遠慮にあなたの指に巻きつき、傷ついた心をいたずらに掻き乱そうとした。あなたは再び射るような視線を助手席に向けたが、そこには顔を真っ赤にし、頬に汗を滲ませる少年の姿があった。膨れ上がったはずの怒りが急激にしぼんでいった。なるほど、これもまた無意識に行われたことなのだ、とあなたは思いながら、絡みあった指をそっと解いてハンドルを握り直した。


 そういえば、彼もあなたに対してああいうふうに無遠慮な触り方をしてくることがあった。いや、彼だけではない。あなたがその白い素肌に触れることを許可した指はどれも、あんな動きをするのだった。まるでそれが、男が男であることの証明とでもいうかのように。少年もまた、その片鱗を見せたのだ。あなたはそう思うことにした。


 町に入って少ししたところで、少年は車を止めるように告げた。


「ここで結構です」

「家の前まで送るわ」

「いいんです。うち、ぼろ屋だから、あんなお洒落なところを見たあとでは恥ずかしいんです」


 荷物をまとめて車を降りた少年は、閉じかかったドアを再び開けた。


「あの、また会ってくれますか」


 あなたは少し迷ったあとで答えた。


「明日の同じ時間、あの砂浜にいらっしゃい」


 少年の後ろ姿を見送りながら、あなたは深い溜め息をついた。なぜ再び会うことを了承したのか。少年のことを、そして何よりあなた自身のことを思えば、あの申し出を断るべきだったのだ。なのに、どうしてかそれができなかった。ここに何をしに来たのか、その目的を見失ったわけではない。しかしながら、この少年との出会いには何かしらの仕掛け、運命という名の魔の手が作用しているように思えてならなかった。


 あなたはおそろしい予感にふるえながら、雪のなかをホテルへと引き返した。

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