第10話

 ほどなくしてサラダが運ばれてきた。小さめの深い皿に千切りのキャベツとにんじん、ケール、トマトが盛られ、玉ねぎのドレッシングがかかった、洋食屋の付け合わせを思わせるようなサラダで、店内の雰囲気にはあまりマッチしていなかったものの、その素朴さはあなたを少し安心させた。


「いただきましょう」


 あなたはトマトを器用によけながら食べ、少年もあなたが食べ始めるのを合図に薄切りのきゅうりに口をつけた。脳裏には彼にまつわる記憶が思い出されていた。彼と初めて繋がった翌日、気まずい緊張を携えて入ったレストランでのことが。そういえば、あのときもあなたはビーフシチューにサラダとパンをセットで注文していた。二人とも持ち合わせが少なく、一人前を分けあって食べなければならなかったが、あれほど暖かく心地よい時間はなかった。


 美味しいね、と言う彼の笑顔が、あなたを取り巻いていた不安やおそれをすべて払いのけてくれた。彼はいつもさりげない優しさであなたの心を癒やしてくれる。ではあなたはどうなのだろうか。もしや、あのときの彼のように、この少年の心に棲む闇を払ってやりたいとでもいうのか。


 やがてビーフシチューが運ばれてくると、少年はほんの小さな子どものように目を輝かせて言った。


「わあ、美味しそう」


 そのとき少年と目があい、あなたたちは初めて笑いあった。硬直していた空気がにわかにほぐれていくのがわかった。


 質問に答えるかたちで少年は自分の生い立ちを話してくれた。生まれてすぐに母を病で亡くし、父親と二人で暮らしていること。その父親も冬場は雪のせいで建設関係の仕事ができず、いまは本州に出稼ぎに行っていること。父の稼ぎだけでは家計をやりくりできないが、母親譲りで身体が弱い少年には高校に通いながらアルバイトをする体力がないこと。高校を卒業したら東京の大学に行って弁護士になりたいこと。しかし、いまの家の状況を考えると、とても進学などできないこと。


 途中から問わず語りに話し始めた少年は、束の間の沈黙のあと、恨めしそうに言った。


「ときどき思うんです。母さんがいれば違ったのかと。いや、それだけじゃない。何もかも母さんのせいにしたくなるときがあるんです。母さんが死んでしまったせいだ、母さんがぼくを弱い身体に産んでしまったせいだって、あの人は何も悪くないのに、罵ってしまいたくなる」


 少年の顔の半分を覆う暗闇の奥に、涙が光った。あなたはそっと身を乗り出し、頬を伝うしずくを拭った。


「でも、きみはお母さんを憎まずに、最後は自分のせいにしてしまうのね」


 その言葉をきっかけに、少年は堰を切ったように泣き出した。

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