第8話
「どうしてきみがここにいるのかしら」
「ぼくのことを、知っているんですか」
あなたの反応が予想外のものであったのか、学生服姿の少年は少々ばつの悪そうな表情を浮かべて視線を夕日のほうへ逸らした。
「知っているわ。いつか、森に隠れて私の裸を盗み見ていた子たちのひとりでしょう」
あなたは孤独に打ちひしがれた心を押し殺し、あえて意地の悪い笑みとともに言った。少年は屹度なって何かを言おうとしたが、やがてその言葉を飲みこんで頷いた。
「そうです。ぼくはあのとき、あなたたちのことを覗いていて」
「それで、私に気づかれたから逃げたのよね」
と、あなたは少年の言葉を遮って言い放った。少年の表情に怯えの波が立った。
「怒ってるんですか」
「いいえ。意気地のない子だなって思っただけよ」
「ぼくは意気地なしなんかじゃない。ただ」
少年はまた何かを言おうとしてやめた。きっと、話し相手から視線を逸らして沈黙するのが癖なのだろう。何かを期待してはいるが、それを口に出すことをおそれている。そんな感じがした。あなたは沈黙に身を委ね、少年の横顔を観察した。鼻の頭と頬を赤く染めているのが何とも子どもらしいが、瞳には大人の男の影が差している。未完成な顔立ちはかつての彼を彷彿とさせ、過去にすがるあなたの心を刺激した。
「ねえ、きみ、このあと予定はあるの。私、丘の上のホテルに滞在中なんだけど、よかったら一階のカフェで話さない」
「いいんですか」
少年はあなたの提案が信じられないといったふうに聞き返す。
「もちろん。それに、ここはあんまり寒いわ。暖かいところに行きたいの」
あなたは少年を助手席に乗せると、徒歩で下ってきた坂を車で戻った。いったいどういうつもりなのだろう。あなたは、あなた自身が何を望んでいるのかわからなくなっていた。偶然再会した少年に彼の面影を重ね、ホテルに連れて行こうとしている。こんなことをして、いったい何になるというのか。想像以上に弱い心への苛立ちと、少年を彼の代替物として扱おうとしていることへの罪悪感のためにあなたの脳は溶けてしまいそうだった。隣で緊張している少年に向けて言った。
「もっと楽にしていいのよ」
だがそれは少年に対しての言葉か、あなた自身に対しての言葉かわからなかった。
「はい。わかりました」
少年の声は上ずり、表情は硬いままだった。まだ世界に牙を剥かれたことのない、未成熟な男の子の顔だったが、それだけではない。この少年には何か、不穏なものの影がつきまとっているように思われた。果たしてどうしたものか。あなたは少年の扱いを決められないまま、ホテルの駐車場に車を乗り入れた。
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