第6話

 ある講義で、怒りの源は何かというテーマでディスカッションが行われた。それは出席している生徒たちをグループ分けして意見を交換させるというものだったが、あなたのグループではまず実直そうな男子学生が正義感であると答え、次にブランド品で華やかに着飾った女子学生が老いだと答えた。そのあとも学生たちが思い思いの答えを述べたが、いずれもあなたのお眼鏡にかなうことはなかった。ただひとり、気の弱そうな女子学生が放った嫉妬という答えはあなたの琴線に触れたけれども。


 最後にあなたの順番が回ってきた。周囲の注目を一身に浴びながら立ち上がったあなたは、沈着な声で言った。


「プライド。誰もが自分を特別だと思っていて、その幻想が崩れ去ったときに、人は世界に対して怒りをおぼえる」


 これこそ、あなたがいま満たされている理由だった。子ども扱いすることで彼のプライドを傷つけ、そうやって引き出した憤怒さえも手懐けてしまうとき、あなたは彼という存在を支配しているのだという快感に酔いしれた。彼はあなたの素肌を見ただけで酔いを催すが、あなたは彼の裸だけでは酔えない。彼の見えない部分、本当に大切なところを暴くとき、あなたは快い酩酊に落ちこんだ。


 長く続いた口づけのあと、あなたがたは砂浜に打ち上げられ、痙攣を引き起こす身体を抱きしめあった。歪んだ視界が徐々に矯正されていくのを感じながら、あなたは彼の身体に巻きついた。断続的に振動する彼の筋肉はジャズのリズムのようだった。


「ぼくはきみの思いどおりにはならない」


 彼は口ではそう言いながらも、あなたの胸に身体を預けてぐったりとしていた。自分のなかの矛盾に打ちひしがれる顔がそこにはあって、少し可哀想に思ったあなたは、丸まった背中を撫でながら慰めの言葉をいくつかかけてあげた。だがこのとき、あなたの意識は彼に向いてはおらず、眼差しは森のほうへと投げられていた。そこには数人の少年たちが隠れていて、先ほどからあなたと彼の戯れを観察していた。


 あなたがそっと手を振ると、複数の足跡が遠ざかっていった。

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