第5話

 あなたがたは軽めの朝食をとると、早い時間から海へと出かけた。といっても、向かうのは人でごった返す浜辺ではなく、そこから車で少し走ったところにある狭い入り江だった。すぼんだ口と急な弧を描く海岸線を持つその入り江は、砂浜のすぐ後ろが森になっていて景色があまり良くなく、またホテルからも少し離れているため、このあたりではちょっとした穴場になっている。


「きれいだね」


 腰から下を海水に沈めた彼は、すぼんだ口からわずかに覗く青空を見つめていた。


「薄暗くって湿っぽくて、陰気くさいところよ」

「そういうところから見える明るい世界こそ、最も美しいのさ」

「あなたっていつもそうね。自分のいる世界ではなくて、外の世界を夢見ている。卵から孵りたがる雛みたい」


 彼の濡れた髪に指を絡ませながらあなたは言った。


「つまり、ぼくが子どもだって批判しているわけだ。でも、大人になるってどういうことだろう」

「子どもを憎らしく思うようになったら大人よ」

「ぼくはそんなことを言う大人が憎くてしょうがないね」


 彼の目が怒りのために赤く燃え上がり、あなたの白い胸元をじりじりと灼いた。けれども、目の前の子どもにいったい何ができるだろう。あなたは勝ち誇ったように笑うと、彼を海中に引きずりこみ、真空の口づけを彼に与えた。彼は初めのうちこそ抵抗するが、海蛇のようなあなたの身体に巻きつかれ、ついにはされるがままとなる。


 あなたの貪欲な唇を受け入れた彼の、強張った顔が弛緩していく。先ほどまで怒りに燃え上がっていたはずの瞳が急激に力を失い、曇っていく。激しく揺れていた心が、あなたへの愛によって侵され、甘く作り替えられていく。


 そうした変化は、あなたの心の最も残酷な部分を満たした。

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