第2話 能ある鷹なら爪を隠せ


「もー!出遅れちゃったじゃん!」


 OOOのリリース時刻から約一時間後。一旦VRゲームセットを脱ぎ捨てた私は、誰もいない部屋に向かってそう叫んだ。今から約一時間前のOOOリリース時刻ちょうどにVRゲームセットを起動させた私は、VR適応テストや初期設定などの確認で一時間ほどの時間を食われてしまったのだ。


「はぁ……適応率は最良だったし、それは良かったんだけど……すっかり忘れてたぁ」


 今やVRゲームでもやらない限りは、携帯端末で十分だという時代。ゲーム機でゲームをするという習慣がなかった私は、そんな初回起動時の云々など頭からすっぽ抜けてしまっていたのだ。


「美紀からも、こういうのあるから先に起動しておいてねって言われてたんだった……」


 今はOOOで遊んでいるであろう友人の顔を思い浮かべながら、私はネットでOOOの評価を軽く見てみることにした。


「オーダースキルの情報は……そりゃまだ出てないか」


 OOOの最も話題を呼んでいて、期待もされている部分。そこに関する情報は未だに出回っていないようだったが、それでもネット上の意見はおおむね好評といった感じだった。VRMMOをプレイしたことのない私にはよくわからない話だったが、やれ操作感が良いやら演出が良いやら、シンプルにVRMMOとしての出来が良いという意見が主なようだ。


「……でも、みんながVRゲームにハマる気持ちもわかるかも」


 VR。今の時代を代表すると言ってもいいその技術は、たしかに感動を覚えるものだった。

 そんじょそこらにうじゃうじゃといる一般学生として、かなり暇な毎日を送っている私。気が付いたらVRの世界に入り浸っていたなんてことにならないようには、注意したいものだ。


「……と、早く始めなきゃ!」


 美紀とはゲーム内で落ち合おうと約束しているので、もしかしたら待たせてしまっているかもしれない。

 ……いや、美紀のことだから私の現状を察して一人で始めてしまっているかもしれないが、それでも急ぐに越したことはないはずだ。そそくさとVRゲームセットを装着した私は、再びVRの世界へと旅立つのだった。





『ONLY ORDER ONLINEの世界へようこそ』


 そんなアナウンスと共に視界が開けた私は、目の前に佇む妖精のようなキャラクターに目を奪われた。


「えっ……可愛い」

「あっ、目が覚めたかな?」

「はい!えっと、あなたは」

「初めまして!私はフェリーナ。あなたの名前は?」


 私の話を遮るようにフェリーナがそう言うと、キャラクターネーム入力画面が表示された。VRゲームとはいえ相手はNPC。どうやら会話は成立しないようだ。


「名前……『アマネコ』かなー」


 アマネコ。小山天音という本名のほとんどそのまんまだが、私がネット上でいつも使っている名前でもあるので、特に躊躇うことなく私はその名前を入力した。


「『アマネコ』さんですね?それでは早速…………おや?」

「……はい?」


 名前の入力も済ませ、アバターの作成やチュートリアルでも始まるのかなと思っていた私だったが、突然話を中断したフェリーナがググっと私の顔を覗き込むような仕草をした。


「……えっと、なんでしょうか……?」


 戸惑う私の言葉も無視して、くるくると私の周囲を飛び回るフェリーナ。想像だにしないその挙動にあたふたしていると、数秒間私の周りの飛び回ったフェリーナが、ピタッと私の前で停止した。


「…………合格!合格です!」

「えっ⁉何が⁉」

「あなたはすごい!……そうですね?」

「すご……何が?」


 突然の出来事に慌てふためく私を他所に、突然目の前に選択ウィンドウが現れた。


『はい/いいえ』


「えー……っとー……」


 ここで皆さんにお聞きしたい。

 突然の状況下だが、こんな時にあなたはすごいかと聞かれて「はい」と答えられる人がいるだろうか?私は───


「───はい……っと」


 とりあえず、「はい」と答えておいた。

 いや、だって、何か起きそうだし…………


「ですよね!それでは、これをどうぞ!」


「はい」を選択した直後、フェリーナがそんな言葉と共に私へ向けて何か輝くエフェクトのようなものを送り飛ばした。そしてそれが私に到達すると───


『クエスト:能ある鷹なら爪を隠せ が受注されました』


 ───そんなアナウンスが、脳内に響き渡ってきたのだった。

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