第93話 エンターテインメントとしての華って何?
約10年前のことだと思いますが、自分は電撃小説大賞に応募したことがあります。結果は一次通過と言ったらいいのか、それとも二次落ちと言ったらいいのか、どちらが正解なのかわかりませんが、とにかくそういう結果でした。
で、今もそうだと思うのですが一次以上の選考通過者には編集部から評価シートが送られてきました。三次以上だともっと人数が多くなるのかな? すいません、だいぶ昔のことなので記憶が定かではありません。
シートにはストーリー、設定、キャラクター、文章力と評価項目がありました(他にもあった気が…?)。そして、評価としてA~D?がつくのかな…? すいません、ここも記憶が曖昧です。本当は評価シートを見てから、この備忘録を書けばよかったのですが、なにしろ10年以上前の物なので現物が手元にありませんでした。記憶の限りだと各評価Bが多かったような気がします。
しかし、曖昧な記憶ではありますが、はっきりと覚えていることがあります。それは編集さんのコメントで「構成はしっかりしているが、エンターテインメントとしての華がない」という言葉です。
エンターテインメントとしての華。
みなさん、これって何を意味していると思います?
応募作品の内容は今でもはっきりと覚えてます。初めて書き上げた長編でしたからね。書き終えた瞬間は感無量でした。
作品の内容は中世ヨーロッパ風のファンタジー。ただファンタジーらしき設定は少ししかなく、ストーリーもバトルではなくラブコメでもなくお堅い政治劇。ラノベらしきものといえば、主人公とヒロインが若かったことだけ。でも、自分なりに書きたいことを書けた、という満足感はありました。
で、「エンターテインメントとしての華がない」という言葉が10年以上経った今でも心に残っている。というか、問い続けているような気がします。
「エンターテインメントとしての華がない」とは、自分なりに解釈すると、主人公やヒロインに魔術や魔法みたいな特殊能力を持たせなかったこと、もしくは世界観にファンタジー的な謎や設定がなかったこと、だとその当時は思いました。読者の目を引くわかりやすい魅力ってことなのかな?
特殊能力を持った主人公らがバシバシ活躍する要素が著しく欠けていた。だから落ちた。以上の反省を踏まえ、次回以降はと特殊能力を持たせた主人公らの話を書き、応募し続けました。
結果は5~6回?(もっとか?)続けて一次落ち…。落ちる度にあの一次通過した時の自分を超えられていない、つまり書き続けているのに成長してない、つまり自分には才能がない、つまり作家になることなんてあきらめたほういい、つまり現実を見ろ!的な感じで負のサイクルに陥っていたことを覚えています。
エンターテインメントとしての華。
今振り返ると、その華っていうものに気を取られ過ぎ、書きたいものを書けてなかったのかな?と思ったりもします。単に特殊能力を持たせるというのもなんか安易ですよね。それに魔法体系を設定するのも正直あまり興味ないんです…。それより戦争や為政者に翻弄されながらも逞しく生きる人達を描きたい!、という気持ちのほうが遥かに強いです。
いずれにしろ、
エンターテインメントとしての華。
これってなんなんでしょうね…? シナリオライターとしてお仕事を頂いている現在になってもなお、納得いく答えを見出せていません。というか、無理にして正解を出さなくてもいいのかな? と思うこの頃です。けど、いつか答えを出したい。出せたら、またこの備忘録に書きたいと思います。
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