恐竜がこの現場をめちゃくちゃにしてくれたら

@watashitawashi

第1話 大きい声を出さない恐竜っていませんか?

流れ星、初めて見た。まさか本当に東京で見えると思わなかった。


僕にとって願い事はただ一つだけだった。もし、今、自分が長野県の山奥にいて満点の星空の下、一人で立っていたとしたら、

 「あの子と結ばれますように」

って大声で叫んでいたかもしれない。叫んだ反動で出た息が寒さで白くなり、それがやがてペガサスの形になって「カナエテヤロウ」と言わんばかりに流れ星を追って星空へ舞い上がっていったに違いない。

でも実際は、アパートに囲まれ、星も数えるほどしか見えない空。こんな空じゃ願いは届かなそうだ。でもこの先流れ星を見る機会なんてないかもしれない。だからそっと心の中で唱えた。

 「恐竜がこの現場を滅茶苦茶にしてくれますように」

タバコの煙が空へ向かって舞い上がる、わけもない。タバコの煙はすぐ目の前で闇の中に消えていった。


「ナカムラさん!」

ビクッと肩が上がってしまった。恐る恐る手を止めて後ろを向く。

田中さんは遠くにいた。そして呼ばれていたのは僕じゃなくて父だった。頼むから呼び方を区別してくれって心の中で怒っているのではなくちょっとだけこの瞬間が嬉しかった。ラインの通知が来たときに誰!って興奮する時と似ている気がする。でも大抵どうでもいい人からの通知であり、大抵の「ナカムラさん」は僕じゃなくてゴリラ顔の父だった。


LINEってどうやって聞くんだろう。僕は女の子のLINEを聞いたことがなかった。

(じゃあ前の彼女のLINEってどうやって聞いたんだよ。)

(インスタのDMで聞いたんだよ。)

(じゃあインスタはどうやって聞いたんだよ。)

(向こうがフォローしてきたんだよ。)

(はい論破)


頭の中で女の子のLINEを聞いたことがない僕と、それを相談した架空の人物が喧嘩をした。

ふと手を見ると結束線が手に刺さって赤くなっていた。集中。


この現場が始まってから時間の流れがとてつもなく早かった。好きな人って時の流れも変えてしまうんだと本気で思っていた。休憩なんて要らなかった。昼ごはんを食べる時間も要らなかった。仕事をしていれば彼女と話をする機会があるかもしれないから。だからなるべく仕事をしていたかった。僕がもしこの現場のルールを決められるのであれば


週7日間労働

8時 朝礼

12時から12時半 昼休憩

21時 作業終了


っていう過酷な労働条件と自分でも体が持つかわからないジャイアン風なルールが完成した。このルールは僕にとって最高なことではあるが一つ大きな欠点がある。それは、これだけずっと仕事をすると仕事が進みすぎてこの現場が完成して僕は彼女とラインも交換せずに離れ離れになってしまう。だから恐竜が必要なのだ。この現場が完成しそうになったら深夜誰もいない時に恐竜を召喚させて隅々まで踏み潰してもらう。そして次の日からまた1から作り上げていく。それが僕が思いついた一番の名案だった。だから必要なものはタイムマシンだ。恐竜のいる時代にタイムスリップして一番運動神経が良くて話がわかる恐竜と交渉をして現代に連れてくる。現場周辺の住民には事前に今晩は恐竜映画の撮影をするから恐竜の声がしても安心してくださいと話を通しておく。ただいつか必ず「以前に撮った恐竜映画はいつ公開するんだ」と騒がれる。そうなったら僕は問い詰められ人生が終了する。だから僕の名案は絶対に採用されない。


ヘルメットを洗いながら今日の反省点を考えた。

今日の反省点1 朝から油断しないこと(朝現場に向かうときに田中さんが前にいたのにコンタクトしてなかったせいで田中さんだと確信できず、挨拶をしそびれたこと)

今日の反省点2 あくびは我慢すること(あくびしている時にたまたま田中さんと目があってダサい顔を見せてしまったこと)


ワイヤレスイヤホンを耳につけ、忘れ物はないか頭の中で整理する。ky用紙は出した。ヘルメットは洗った。田中さんとはもちろん今日も話せてない。喫煙所の電気は消した。倉庫の鍵は、、閉めてない。

びしょびしょのヘルメットを頭につけ倉庫に鍵をかけに戻る。暗い中、足場の上を恐る恐る歩いているとスマホが振動した。立ち止まってスマホをポケットから出そうとすると耳からワイヤレスイヤホンがポロッと外れて下に落ちた。もちろん暗くて何も見えない。スマホのライトがあるという発想も疲れ切った頭の中にはない。

明日の朝探そう。

「母 帰りに肉まん買ってきて」


風呂から上がり、布団に寝っ転がり目をつぶって明日の仕事の流れを頭の中で整理する。

(まず朝行ったらみんなが通って踏まれる前にワイヤレスイヤホンを探さないとな。ん?もし四つん這いになって泣きそうな顔をして朝の7時から何かを必死に探している僕をたまたま通った田中さんが見たらきっと声をかけてくれるかもしれない。その流れでラインを聞けるかもしれないな。)


テレビの音が聞こえる。「今日の夜から明日の朝方まで雷を伴った激しい雨が降るので通勤通学の際は遅延の可能性なども踏まえて早めに出るようにしましょう。」

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