第8話



 ハリの本を取り戻した鳥使い達は、再び沈黙の山脈を越えて、樹海へと戻って行く。帰りの山脈超えもまた大変なものだったが、どうにか夜になる前に、沈黙の山脈を越える事が出来た。しかし樹海に入った時にはもう夜になり掛けていたし、鳥使い達の疲労もち要点に達していた。そこで鳥使い達は初めて沈黙の山脈超える前に休憩した丘にベヌゥ達を着地させ、そこで一夜を過ごす事に決めた。

 ベヌゥ達が丘に降りて地面に蹲ると、鳥使い達はベヌゥの背中降りて、さっそく休憩の準備をする。ベヌゥ達から騎乗具を外してその物入れから敷物を取り出すとパートナーの横に敷き、顔覆いと帽子を外して座って一息つく。途端に空腹が鳥使い達を襲い、鳥使い達は非常食の木の実を取り出して口に入れ、水筒の果汁で喉を潤し、ベヌゥ達にも好みを与える。これで樹分な睡眠をとれば、明日の朝には体力も戻っているだろう。鳥使い達は敷物に横たわると、そのまま眠りに就く。しかしカーネリアは、なかなか寝付けないでいた。カーネリアとは双子の兄弟であるジェイドの意識が、カーネリアの意識に入って来たのだ。

 ジェイドはカーネリアが無事にハリの見付けた事を、モリオンからイドを通じて知らせて貰っていた。いや鳥使い達全員が、カーネリアがハリの本だけでなく、巨樹の樹脂に閉じ込められたハリと遭遇したのも知っている。勿論、沈黙の山脈を越えた事や、山脈の向こうの荒野での出来事も。結局、秘密にすると約束した奇妙な人間達との出会いは、鳥使い達に知れ渡ってしまった。約束が守られなかったわけだが、仕方がないだろう。何しろ鳥使い達はイドで意識を繋げ、重要な情報をやり取りしているのだから。隠せと言う方が無理だろう。ジェィドはこれら全てを知ったうえで、カーネリアの意識に繋がって来ていた。

「兎に角、君やモリオンの無事を知りたかったんだ。怪我もせずにハリの本を探し出せて、本当に良かった。それにこちらからも知らせたい事があるんだ。流星の鳥の鳥使いとしての仕事が解ったんだよ」

ジェイドは流星の鳥の鳥使いとして自分がやるべき事を見付け、カーネリアに伝えて来ていた。ジェイドが考える流星の鳥の鳥使いの役割は、樹海周辺部に住む生き物達の保護だった。流星の鳥はどの樹海の鳥よりも早く飛べて機動性にも優れ、さらにきわめて鋭い視覚を持っている。流星の鳥がこのすぐれた能力でいち早く傷ついた生き物を見付け、樹海に入った流星の鳥の鳥使いが、生き物の保護に当たると言う訳だ。

[これでいいだろう?]

これからの自分の役割を伝えたジェイドは、最後にカーネリアの気持ちを聞いてきた。

[もちろん、村に住み続けてくれるのなら]

[ありがとう、安心したよ。じゃあ、お休み]

[お休み]

イドでのやり取りを終え、眠りに入った。

 翌朝鳥使い達は、起きるとすぐ木の実と果汁で腹ごしらえをし、ベヌゥ達にも木の実を与えると、休み場所の丘を後にした。騎乗服を整え、体力を回復させたベヌゥ達に騎乗具を装着して騎乗すると、樹海北端の森にある、がらんどうのある巨樹目指して飛び立った。鳥使い達が一夜を過ごした丘から目的地までは、そう時間はかからない。すぐに上半分が折れた巨樹の姿が現れた。鳥使い達はその幹に開いた大きな穴から巨樹内部のがらんどうへと、鳥使い達はベヌゥを一羽ずつ滑り込ませていく。がらんどうの底では二羽の野生ベヌゥがハリの蹲り、ハリの遺品を守っていた。鳥使い達は野生ベヌゥ達から少し離れた所にそれぞれパートナーを着地させ、がらんどうの底に降りる。

 巨樹のがらんどうに戻った鳥使い達がまず行ったのは、野生ベヌゥ達に盗まれたハリの本を見せる事だった。まずカーネリアがハリの本を持って野生ベヌゥ達と向かい合い、本を野生ベヌゥ達の前に掲げて見せる。ハリの本を鳥使い達が取り戻したのを、野生ベヌゥ達に確認して貰う為だ。カーネリアは野生ベヌゥにハリの本を見せながら、ハリの本を取り戻しに行って体験した出来事を、野生ベヌゥの意識に伝えた。沈黙の山脈を越えた事や奇妙な人間達に出会った事、その奇妙な人間達からハリの本を取り戻した時の顛末などをだ。野生ベヌゥ達は目の前の本を暫く見ると、小さいが鋭い鳴き声を上げる。カーネリアが事を、しっかり理解した証しだ。

[あぁ、よかった……ちゃんと理解してくれて……これから私達この本の内容を確かめるけど、その為に私達が暫くこの本を持っていてもいいかしら?]

カーネリアはさらに野生ベヌゥ達に、鳥使い達が取り戻した本を持っていてもいいのかと問い掛け、返事を待つ。答えはすぐに帰って来た。野生ベヌゥ達は小さな鳴き声を上げ、暫く本を持っても良いと伝えて来た。

[有難う]

安堵したカーネリアは意識を野生ベヌゥ達から離すと、さっそく仲間達と取り戻した本の内容を調べ始める。やはり盗まれていた本には、ベタの花の開花とその対処法が掛かれていた。ベタが一斉開花した時、その危険性を感じ取ったハリは、対処法を求めて樹海を彷徨っていた。ハリは樹海を彷徨っている末にベヌゥ達と意識が通じ合う、森の賢者と呼ばれる生き物と出会い、ベタの開花への対処法を伝えてもらっていた。ハリが教えて貰った対処法は、モリオンが母親から聞いた話とほぼ同じだ。森の賢者は樹海のある場所の土を、実がなる前のベタに撒くようハリに伝えている。しかしハリは、森の賢者から聞いた土の有る場所を記してはいない。安易にこの特殊な土のある場所を知られたくなかったのだろう。ただし森の賢者の姿は詳しく書き残している。驚いた事に、森の賢者の姿は、鳥使い達も良く知っている生き物だった。森の賢者を探し出せたら、特殊な土のある場所を知る事が出来るだろう。

 ハリの本を読んで期待を持ったカーネリアは、本を野生ベヌゥ達の前にある粗末な小屋にハリの本を戻した。奇妙な人間達から取り返して来たハリの本は、他の本が並べられる中に置かれ、これでハリの著述を完全なものとなった。

「これで鳥使いの村から消えたハリの本が、全て揃ったのだね」

何時の間にかカーネリアの横に来ていたクロッシュが、考え深げに話し出した。クロッシユだけではない、長老ビルカとモリオンも、粗末な小屋の前に集まっている。いや、イドを通じて多くの鳥使い達が、全て揃ったハリの本の光景を見ている。もうこれでがらんどうから本を保護の為に運び出せたら、樹海北端での使命は終わり。樹海北端の森とそこに住む野生ベヌゥ達ともお別れだ。

[これで私達はハリが残した知識を、全て手に入れました。後は貴方達に、ハリの本を鳥使いの村に移してもらうだけです。それから貴方達を手伝う為、二人の鳥使いとそのベヌゥ達が北端の森に向かいました。三日後にはそちらに到着すると思うので、よろしくね]

鳥使いの村にいるクリスタの指示が、イドを通してカーネリア達に伝わり、がらんどうに居る鳥使い達は早速ハリの本を運ぶ準備に入る。しかしハリの本をがらんどう内部に作られた小屋から出す前に、やる事があった。長年ハリの本を守っていた野生ベヌゥ達に、本の移動を説明しなければならないのだ。何しろ巨樹のがらんどうにいる野生ベヌゥ達は、ずっとハリの本と共にいきてきたのだ。がらんどうから運び出して村の図書室に保管する必要があるとしても、まず野生ベヌゥ達の意識に事情を伝え、理解してもらう必要があった。ハリの本が収められている小屋の前に立ったカーネリアは、がらんどうに居る野生ベヌゥ達に、ハリの本を鳥使いの村に持ち帰る事を伝える。

[これはハリの本を大切に保管する無為なの。解って]

カーネリアの呼びかけに、野生ベヌゥ達は少し戸惑ったらしい。何故ハリの本が、長い間置かれていた巨樹のがらんどうから移動されるのか、納得がいかないようだ。そこでカーネリアは、ハリの本を強引に持ち去った小型飛行体の光景、野生ベヌゥの意識に送り、訴えた。

[こんな連中からハリの本を守る為に、鳥使いの村へ本を移すのよ。鳥使いの村の村には沢山の本が収められている場所があって、底に収めれば、ハリの本は安全なの]

小型飛行体に続いて、鳥使いの村の図書室の光景を伝えながら、カーネリアは野生ベヌゥ達に訴え続け、他の鳥使い達もカーネリアと共に、野生ベヌゥの意識に訴得る。そしてとうとう、野生ベヌゥは低い声で一声鳴き、カーネリア達の訴えを聞き入れたと伝えて来た。

[よかった……有難う]

鳥使い達はほっとしながら、野生ベヌウに感謝を伝える。野生ベヌゥ達は、何故ハリの本を移動させるのかを、理解してくれたのだ。ただし、本以外のハリの遺品が持ち出されるのには、かなり抵抗があるようだ。それは仕方がない事なのだろう。樹海北端の森の野生ベヌゥ達は何世代にも渡り、ハリの遺品と生きてきたのだから。そこで鳥使い達は、本以外の遺品、ハリの日用品などはがらんどうに残す事を野生ベヌゥ達に伝える。すると野生ベヌゥ達は、ベヌゥが安心した時に出す静かな鳴き声を上げる。鳥使い達を全面的に信頼している証拠で、鳥使い達は安心してハリの本を移動させる準備を始める。

 まずは荒野にいた奇妙な連中から取り戻した本をハリの本を一つ一つ手にして内容を確かめ、四、五冊ごとに纏めて紐で縛る。その作業の中で、カーネリアは思わぬ物を発見した。ハリが自分の娘に当てた手紙が一枚のベヌゥの羽毛と共に、本の間から見つかったのだ。何が書かれているのかを確かめようと、手紙をさっと読んだカーネリアは、その内容に度胆抜かれてしまった。ハリが公にせず、封印していた出来事が出紙には書かれていた。他の鳥使い達、得にモリオンには伝えねばならない内容だ。作業が一段落したら、みんなに伝えよう。カーネリアは手紙を騎乗服の懐に、手紙と共に本に挟んであったベヌゥの羽毛はポケットに仕舞い込み、作業を続けた。

 ハリの本の荷造りは昼過ぎには終わり、後はベヌゥの背に乗せるだけになった。後に残すハリの日用品は、がらんどうの底の小屋の一か所に集め、並べて置いた。こうして準備か整うと鳥使い達はそれぞれ休憩に入り、ひとしきり休むとカーネリアは仲間を一か所に呼び集め、ハリの手紙を鳥使い達に見せる。

「これを見て下さい。自分の娘に残したハリが自分の娘に残した手紙です。取り戻した本の中から見つかりました。ちょっと読んでみますね」

カーネリアは二つ折りにされた手紙を広げ、底に描かれたハリの言葉を読み始める。

「信愛なる娘へ。貴方を残して姿を消した事を、許して下さい。でもこうするしかなかったのです。あのうさんくさい人間達から鳥使い達の村を守るためには……いずれ貴方が成長して一人前の鳥使いになったら。この隠れ家を探し出すかも知れませんね。その時の為に、この手紙をしたためます」

聞いている鳥使い達の溜息を憑くのが、手紙を読むカーネリアの耳に入って来る。やはりカーネリアは鳥使いの村を守る為に、村を出て行ったのだ。ハリの手紙を読み、鳥使い達は改めてハリの決意を感じとった。しかし驚くべき話しは、これだけではない。手紙には、ハリが周囲に明かさなかった秘密が、書かれていた。

「これから貴方に伝える話しは、多分貴方をびっくりさせると思います。でも貴方が大人になったら、必ず伝えようと思っていた話しです。今もう、それは叶わなくなった事ですが。これから書くことを、気持ちを落ち着けて受け止めて下さいね」

カーネリアはハリの手紙を読み続け、ハリの人生に起こったある出来事を明らかにしていく。ある重い決断の話しを。

 ハリとその仲間が鳥使いとしての活動を樹海周辺部で初めてからしばらくしてからの事だ。唯一の都市エルムドで大きな内乱がはじまり、エルムドの民の多くが、町を捨てて避難民となって樹海を放浪する事態がおこったのだった。その時ハリは、エルムドで迫害されていた茶色い髪の人々をエルムドから脱出させ、安全な場所へと誘導していた。樹海上空を飛ぶパートナーのベヌゥから様々な情報を伝えてもらいながら、ハリは避難民の先頭に立ち樹海周辺部を歩き続ける。苦しい旅だったが、その時のハリには苦しさを忘れさせる出来事も起こっていた。避難民の一人の、茶色い髪の青年を愛し、お互いを求め合うになっていたのだ。

 青年とハリとは、お互い深く愛し合っていた。しかし愛し合う喜びは長くは続かなかった。避難民が安全な場所に辿り着く直前にハリが愛した青年が、いきなり襲って来た猛烈な突風により命を落としまった。突風で飛ばされる樹木の傍にいた老人を助け出した後、倒れた樹木の下敷きになってしまったのだ。ハリは悲しみと青年が胎内に残した新しい命を抱えながら、避難民の先頭に立って進み続け、樹海周辺部と連なる森を通って新天地となる緑深い丘陵地帯へと、無事避難民を辿り着かせたのだった。

 新天地に着いた避難民達は、丘陵地帯に新しい村を作って生活を始め、ハリはその村で新しい命、茶色い髪の息子を出産する。困難を乗り越え、全てが良い方向へと向かっているように見えていた。だがハリの息子が誕生してからほどなく、新たな問題が持ち上がっていた。エルムドを焼き尽くした内乱の炎が、ハリの仲間とベヌゥ達が住んでいた樹海周辺部の一画をも焼き尽くし、鳥使いのベヌゥ達は、樹海周辺部での生活の場を失ってしまった。だが人間をパートナーとしたベヌゥ達には、パートナーの人間と別れる選択肢は無い。そこで鳥使い達は深緑に人間が住める場所、大きな切株の形をした山を見付け、その上に自分達の村を作って住み始めたのだった。

「ハリが避難民を導いた丘陵地帯は、イナの丘陵地帯に間違いないでしょう。でもこの選択は、ハリにはつらいものだったの。新しい村の指導者となる為には、まだ幼児の息子と別れなければならなかったから。結局ハリは、戦乱で家族を失っていた恋人の姉に息子を託して、深緑へと向かったの。息子の為に、恋人が自分の姿を掘った石を残してね。その後新しい村に移り住んだハリは、鳥使いの一人を伴侶にして、娘が生まれたのね」

カーネリアの話しが、ハリが息子へ残した石の話しになると、モリオンは慌てて騎乗服のポケットの一つに手を入れ、取り出した石を仲間に見せ始めた。表面に女性の姿が彫られた石だ。それもハリの姿だ。驚きでだても声を出さない中、モリオンはゆっくりと話し始める。

「これは代々私の家に受け継がれていて、私が母から譲り受けた石です。多分、ハリが息子に残して行った石なのでしょう。今、私が探していた故郷イナの村と、鳥使い達の村との絆が明らかになりました。有難う……カーネリア」

カーネリアと軽く抱き合ってからハリの姿が刻まれた石をカーネリアに手渡し、その場で静かに目を閉じて黙想を始めた。イナにいる自分の母親と意識を繋ぎ、ハリの手紙の内容を伝えているのだ。モリオンと母親とは、鳥使い達と同じ様に意識を通じ合わせる事が出来る。これこそが鳥使い達もイナの人々もハリの影響を受けている証しだと、モリオンは鳥使い達に照明してみせようとしているのだ。カーネリアがモリオンに意識を向けると、モリオンを通じてモリオンの母、かつてはイナの村の巫女だった女性の意識が伝わって来た。

[有難う……樹海の鳥使い達……これでイナと鳥使い達との繋がりが、全て明らかになりました。この話を鳥嫌いの村人達が受け入れてくれたら、イナと鳥使いとの絆はゆるぎないものになるでしょう]

モリオンの母は、すぐにでも鳥使い達が見付けたハリの物語をイナの村人達に伝えようと考えているのが、モリオンからの意識の流れから伝わって来る。さらにその意識の流れは、カーネリアから他の鳥使い達へと繋がり、モリオンの母の意識を伝えて行く。もうこれで、イナの村と鳥使い達の絆は、揺るぎないものになるだろう。

「貴方が鳥使いになったのは、偶然では無かったのね。イナの人達の中にも、ハリの子孫がいるのだから。ハリから受け継いだ鳥使いに必要な能力が、貴方を鳥使いにさせたのね」

カーネリアの言葉を聞きながら、モリオンはゆっくりと力強く頷き、口を開いた。

「考えればハリと関わりのある二つの村が仲良くなるのに、随分と輪回り道をしたものですね。交流を続けて入れば、両者が協力して色々な事が出来たでしょうに」

「そうねぇ」

モリオンの言う事は、もっともな事だった。イナの村と鳥使い達とは、大型の走鳥に乗ったならず者イナが襲われた時に袂を分かっていた。早朝に乗ったならず者を、イナの村人は鳥使いの仲間だと誤解したのだ。誤解の果てにイナの村人達は鳥使いの一人を亡き者にし、起こったその鳥使いのベヌゥが村人の命を奪う事態に至り、イナと鳥使いとの交流はモリオンが再開させるまで、途絶えていのだ。鳥使い達はイナの名前さえ忘れ、イナの村人達は鳥を嫌う。モリオンがイナの村を出て鳥使いになり、イナに狩猟民一派が侵入するのを防ぐに再び戻って来るまで、そんな状態が続いていたのだ。

「そうだな、悲惨な事件が無く交流を続けていたら、どんなにか素晴らしかったろうに。だがもう後には戻らんだろう。ハリの話しを知ったには」

長老ビルカ話し掛けられてカーネリアとモリオンはヒルカとクロッシュが二人の傍に来ているのに気付いた。

「そう願いますね」

モリオンが答えるとビルカは、笑顔でモリオンに話し掛ける。

「鳥使いとイナの人々は、ずっと仲良くやって行くさ。その方が得なのだから。住む場所や風俗習慣の違う人間達が力を合わしたら、そこから新しい物が生まれるだろうからね」笑顔とは対照的に、ビルカの言葉には長老らしい威厳があり、カーネリアやモリオン、クロッシュはその言葉に黙って頷く。その通りだろう。いや今は、イナと鳥使い達とが協力すべき時なのだろう。樹海に大きな影響を与えるベダの花の開花に、イナの村と鳥使い達が協力して立ち向かわねばならない状況が、迫っているかも知れないのだから。

「さぁ、もう少ししたら夕暮れだ。あの荒野に居た連中が、荒野から立ち去ると約束した時間だよ。ちょっと何か食べてから、てから、この巨樹の上に行き、約束が守られるか確かめようじゃないか」

ビルカが話しの内容を荒野で出会った人間達との約束へと変えると、カーネリアは幹に開いた洞から入る光りを見て、夕暮れが迫っているのに気付く。そう、あの連中は、今日の夕暮れには荒野を立ち退くと言っていた。その証拠に、沈黙の山脈から光が見えるだろうとも。鳥使い達はビルカの言う通りに二度焼きパンと水筒の果汁で腹を満たし、外で食べ物を啄んで帰って来ていたパートナーのベヌゥ達を呼ぶと、その背に騎乗具を装着して騎乗し、巨樹の大きな幹の穴から里へと飛び出した。

巨樹のがらんどうの外では、夕日が沈黙の山脈の向こうに隠れる寸前だった。薄暗くなった空には、ピティスと月の一つが顔を出している。巨樹のがらんどうから飛び出した鳥使い達はベヌゥ達を巨樹の上空へ上昇させると、今度はベヌゥ達を降下させて上部を失った巨樹の上に、沈黙の山脈を正面に見る位置に留まらせる。ほとんど切株の様な巨樹の一番高い場所に蹲ったベヌゥ達から降りた鳥使い達は、蹲るベヌゥの横に立つと、無言で沈黙の山脈を見詰めた。はたして荒野で出会った奇妙な人間達は、約束を守るのだろうか? 半信半疑ではあったが、ちゃんと答えは帰って来た。沈黙の山脈の方角から突然、遠雷の様な音がすると、山に連なりの間から、一筋の光が上空へと閃き渡り、空の高みへと消えて行く。あの奇妙な人間達は、約束を束守ったのだ。しかし鳥使い達は光りの行き先を確かめると同時に、野生ベヌゥ達が騒ぎ出したのに気付いた。いきなり現れた光と遠くで聞こえる轟音が、野生ベヌゥ達を慌てさせたのだ。ばらばらになって飛び回る野生ベヌゥを見たカーネリアは、近くにいたクロッシュに目で合図をすると、二人同時にベヌゥの背に乗る。

「私達がベヌゥ達を鎮めるから、此処で待っていて」

カーネリアはモリオンとビルカに言い渡すと、野生ベヌゥ達を鎮めるべく、クロッシュと共にパートナーのベヌゥを飛び立たせた。

ブルージョンを騒ぐ野生ベヌゥ達の少し上まで上昇させると、カーネリアは野生ベヌゥの群れの回りをアルマディンに乗ったクロッシュと共にと回りながら、野生ベヌゥの様子を窺がう。野生ベヌゥ達は空に閃いた光りを、かなりいやがっている。いきなり彼らの前に現れた小型飛行物体を連想させるかららしい。

[さぁ、落ち着いてもう飛行物体はやってこないだろうから]

カーネリアとクロッシュは野生ベヌゥ達が早く落ち着様に、野生ベヌゥの群れの周囲をパートナーと共に飛び回り、野生ベヌゥの意識に働き掛ける。しかし騒動はなかなか収まらない。めちゃめちゃに飛び回っていた野生ベヌゥ同志が接触した事で、騒ぎが終らなくなったのだ。それでもカーネリアとクロッシュはパートナーの背中から野生ベヌゥの意識に働きかるが、今度は他の野生ベヌゥの攻撃を避けようとした野生ベヌゥの一羽が、カーネリアを乗せたブルージョン目掛けて飛んで来た。

「ブルージョン、こっちよ!」

カーネリアはすぐにブルージョンの向きをかえ、飛んで来る野生ベヌゥをかわそうとしたものの、その前にブルージョンは首を上空に向け、急上昇していった。

「きゃあ!」

カーネリアは悲鳴を上げながら、垂直に近い状態で急上昇するブルージョンの背中にしがみ付き、騎乗具から滑り落ちるのを防ぐ。命綱を着けているので落下は免れるものの、騎乗具から落ちたら、そのままブルージョンに振り回されてしまう。カーネリアはブルージョンの姿勢が水平になるまでしがみ付き続け、元の姿勢に戻ると野生ベヌゥ達に目をやる。

 野生ベヌゥ達は、鳥使いを乗せて急上昇したブルージョンに気を捕られている間に、それまでの混乱を忘れていた。興奮が収まった野生ベヌゥ達は、整然とした編隊を組み、ブルージヨンの横を飛び、飛びへ散った銀色の羽根を残して森の木々の間へと消えて行く。そして野生ベヌゥァ達の残した羽根は、ゆっくりと巨樹の天辺へと落ちていき、騒ぎは収まった。騒ぎが終ると一緒に飛んでいたクロッシュとアルマディンは、すぐに下降すると巨樹の天辺に着地した。もう大丈夫だろう。カーネリアは大きく深呼吸すると、ブルージョンに降下するよう指示を与え、ブルージョンは指示通りに少しずつ高度を下げて行く。なんとか、ベヌゥ達の騒動は収まってくれたし、奇妙な連中も約束通り、荒野から立ち去ってくれたらしい。カーネリアはほっとしながら、迫って来る巨樹の上を見る。するとまだ空中を舞っていた銀色のベヌゥの羽根が、巨樹の上へと落ちて行くのがカーネリアの目に入る。と閃き、心にわだかまっていた謎が解けた。

「そうだったのか……」

思わず得られた謎の答えにカーネリアは一人納得し、ブルージョンを着地させた。

「大丈夫かい?」

巨樹の上に蹲ったブルージョンから降りたカーネリアに向かい、先に戻っていたクロッシュが駆け寄り声かを掛ける。

「えぇ、何とかね。私としたことが、パートナーに振り回されちゃった」

カーネリアは苦笑いしながら、クロッシュに答える。

「でも振り回されたおかげで、ある事がわかったの」

「えっ、何?」

今度はクロッシュが、怪訝な顔をする。

「まぁ、落ち着いてから話すわ」

カーネリアはクロッシュにそれだけ言うと、ブルージョンの首のあたりを軽く叩いてその場に座っている様に指示すると、足早にモリオンとビルカの元に向かう。

「心配したぞ、カーネリア。命綱が無ければ、振り落とされるところだったぞ」

鳥使い達が全員揃うと、ビルカが少しばかり厳しい顔でカーネリアに話し掛ける。騎乗しているパートナーのベヌゥに振り回されるのは、鳥使い達が一番嫌がる事だ。鳥使いとしての技量が未熟だと判断されるからだ。長老でもあるビルカが、厳しい顔をするのも当然だ。もっともビルカも、興奮するベヌゥの群れを鎮めるのが大変なのを、理解していっているのだろうが。

「心配おかけしました、長老ビルカ。でも、荒野で合った連中が約束を守ったのは、確認出来ましたね」

「あぁ、確かにあの連中は約束守ったよ。しかし野生ベヌゥ達があの光に、これほど驚くと思わなんだな」

カーネリアと話しながら、ビルカは静かになった沈黙の山脈に目をやり、他の鳥使い達もビルカに倣う。

「多分ハリの本を盗んだ小型飛行物体の記憶が、野性ベヌゥ達を神経質にしたのでしょう。あの飛行物体も、光りを放って飛んで行ったのですから」

モリオンは沈黙の山脈から空に視線を移すと、自分の考えを述べる。

「その通り。あの騒ぎでブルージョンに振り回されてしまったけど、お蔭でハリが何故樹脂に閉じ込められたのかが解ったのよ」

「へぇ?」

クロッシュの驚いた声と共に鳥使い達がカーネリアを一斉に注目すると、カーネリアはブルージョンに振り回されていて閃いた事を、他の鳥使い達に説明しだした。

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