第6話
六
ビルカが読み上げるハリの物語は、とても興味深いものだった。
「私はエルムドで生まれ、子供時代を過ごした。しかしこの、他人とは違う能力の為に、エルムドを出ざるを得なくなってしまった」
今まで知らなかったハリの話しが、ビルカによって読み上げられ、残のり鳥使い達は、ハリの物語に聞き入る。
ハリは大昔に樹海周辺部に存在した町、エルムドで生まれていた。その当時、この世界唯一の町として存在したエルムドは、今ある樹海周辺部のどの町よりも大きく、沢山の人間が住んでいたと言う。人々がひしめき合って生活している町で幼少期を過ごしたハリだったが、ハリの一族が持っていた特殊能力……人間や生き物達と意識を繋げられる能力を引き継いでいた為に、人々から疎まれ、思春期を迎えるころにはエルムドを出て樹海周辺部で暮らし始めだった。ハリは同じ特殊能力を持つ仲間達と樹海で手会った、大きな草食の飛べない鳥の助けを受けながら、樹海周辺部での暮らしを築き上げていったのだった。
「そして樹海で暮らすハリ達の前に現れたのが、銀色をした巨鳥、ベヌゥ立ったのだな」
ビルカは一端本が目を離すと、溜息と共に呟いた。
「そう、大規模な山火事で深緑の生息場所を失ったベヌウ達が現れたのね」
今度はカーネリアが本を置いたビルカの替わりに、ハリの記録を何度も読んで覚えた事を、鳥使い達に話し始める。
生息場所を失い、樹海周辺部にやって来たベヌゥ達はエルムドから少し離れた場所にある、樹海周辺部の中でもとりわけ大きな樹が茂る一画に巣を作り、卵を産んだのだった。そんなベヌゥ達に興味を持ったハリはベヌゥ達に近付き、お互いの意識を繋ぎ合わせたてお互いの距離を縮めていく。そんなある日、ベヌウの巣がある巨樹に近付いたハリは、巨樹の下の灌木の上に落ちた卵をみつけた。
「それはベヌゥの、孵化直前の卵だったのね。幸いにも、この卵は灌木の柔らかい枝の上に落ちたので、割れずにすんだの。ハリはその卵を拾うと大きな飛べない鳥の巣に行き、生命の無い卵を抱いていた雌の鳥に抱かせたのね。モリオンがやったみたいに」
話しを聞いているモリオンの顔が、驚きの表情に替わるのが見て取れた。驚くのも当然だ。モリオンも偶然に手にしたベヌゥの卵を村の家禽の助けを借りて孵化させ、鳥使いになったのだから。
「ベヌゥの雛を孵して育てたハリは、偶然ベヌゥの背中に乗って飛べる事を発見し、樹海を飛び回る鳥使いになった。そしてベヌゥがふたつ生んだ卵の一つしか育てないのを知り、見捨てられた卵を拾って孵化させ、その雛をハリの仲間が育てて、彼らも鳥使いになったのね。私達の全ては、此処からはじまったのよ。そして今、ハリの様にベヌウの卵を孵化させたモリオンを、私達は鳥使いとして迎え入れた。私達は、また新たな鳥使いの歴史を始めたのかもしれない」
カーネリアは最後に自分の考えを述べ、話しを終える。
「そうかも知れませんね、カーネリア。実はあなたが旅に出て暫くしてから、鳥使いの村はまた新しい鳥使いを受け入れたのです。それも前例の無い、変わった鳥使いを」
「えっ……どんな鳥使いなの?」
「ジェイドです。ジェイドが鳥使いの村に帰って来たんですよ」
いきなりモリオンが話し始め、今度はカーネリアが驚く番だった。モリオンはイナの村から帰る途中、樹海を彷徨っているカーネリアの兄弟ジェイドに会っていたのだ。しかもジェイドは、流星の鳥の雛を拾って育て、ベヌゥと同じようにパートナーにしていた。村に帰ったモリオンからその話しを聞いた鳥使いの村の長老達は、ジェイドを流星の鳥の鳥使いとして受け入れ、ジェイドは鳥使いの村に帰って来たのだった。モリオンはジェイドを村に返すと言う大きな仕事を、見事になしとげたのだ。モリオンがこの出来事をイドで伝えなかったのは、カーネリアには直接口で伝えた方が良いと、鳥使い達が判断したからだ。
「約束通り直接会えたら、時期を見て話すつもりでした。でもカーネリアの話しを聞いていて、今がこの事を伝える時だと感じたのです。ジェイドが流星の鳥の鳥使いになったのも、新しい時代の始まりなのでは?」
カーネリアはモリオンの思いもよらぬ話しを、何度も吐息をつきながら聞いていた。パートナーのベヌゥを失い、樹海を彷徨い続けるジェイドには、早く帰ってほしいと思っていたのだが。まさか今までに無い鳥使いになって、帰って来るとは……考えてもみなかった。でもこれは嬉しい話しに違いない。特に、モリオンにとっては。
「そう、これも新しい時代の始まりなのでしょう。良かったわね、モリオン。これでジェイドを伴侶に出来たのでしょ?」
「はい。だから私達の事は、もう心配しないでくださいね」
「はい、はい」
カーネリアの祝福に、モリオンは微笑みながら答える。本当に心から、ジェイドを伴侶にしたのを喜んでいる様だ。カーネリアはモリオンに微笑み返すと、今度はビルカに聞いておきたい事を聞いてみる。
「それにしても長老ビルカ、流星の鳥の鳥使いとは、考えたものですね」
ビルカは、カーネリアが何を知りたいのかを察したらしい。長老達が何故、流星の鳥の鳥使いを認めたのかを話し出す。
「そう、ジェイドが流星の鳥をパートナーにしたと聞いた時は、本当に驚いたよ。でもよく考えたら、ベヌゥと流星の鳥は、大きさが違うがよく似た鳥同志だ。パートナーになってもおかしくは無いだろう。長老達はそう考えて、流星の鳥の鳥使いを認めたのだよ。ただし、流星の鳥がどんな力を持っているのか、まだ不明だけどな」
ビルカの話しを聞きながら、カーネリアは旅の途中で出会った流星の鳥を思い出していた。流星の鳥には、確かに不思議な力がある。弱ったり傷ついたりした生き物に力を与えるのも、流星の鳥の持つ力の一つだろう。人間の意識に働き掛け、夢を見させる力と共に。そう、旅の途中で見たジェイドと流星の鳥の夢は、カーネリアが出会った流星の鳥が見させた、仲間がジェイトとパートナーになった事を伝える夢なのだろう。流星の鳥には、人間や動物の意識に強く働き掛ける力があるようだ。しかしその力が、人間との関わりの中でどう発揮しているのかは、未知の領域にある。
「いずれにしても私達は、新しい時代に立ち向かうだけです。それよりも、みんなに見てもらいたいものがあるのですが……」
カーネリアは話し変えると床から立ち上がり、がらんどうの底近くに開いた幹の穴から、薄らと差し込む光りを指差す。
「あそこです」
鳥使い達の視線が一斉に、カーネリアの指差す先に向かう。
「こんな低い場所に、穴が空いているのか。それがどうしたのかね」
「まぁ、ついて来て」
カーネリアはビルカの質問にそそくさと答えると、速足で目指す穴へと歩きだし、残りの鳥使い達も後に続いた。
鳥使い達が穴から差し込む光りに近付くと、その光りは人間一人が通れる大きさの洞から差し込んでいるのが解った。
「ここを覗いて見てください。すごい景色が見えますよ」
鳥使い達は穴の前に立ち、穴の外を覗き込むと息を飲む。見えて来たのは、深緑を生活の場にしている鳥使い達ですら、一度見た事が無い風景だ。深緑の大地に立ち並ぶ巨樹の根元が、鳥使い達の前に現れたのだ。緑の底の姿が、辛うじて大地に届いた木漏れ日の中に浮かび上がっていた。
「おぉ、生きて緑の底を見られるとは、こればすごい」
ハリを除いては、おそらく鳥使いが誰一人として見た事ない景色を見て、クロッシュが唸る様に呟く。木漏れ日の中で見えていたのは、、地面をうねる様に這っている無数の巨大な樹木の根とそれを覆う様々な植物、そこから山の様に立ち並ぶ巨樹の幹の姿だ。動く生き物の姿が見えない、静寂そのものの景色だ。クロッシュならずとも、見れば思わず唸りたくなるような景色だ。そしてこの景色は本来、鳥使い達生きては見られぬ景色なのだ。緑の底と呼ばれる深緑の地面は、鳥使いが命を終えて初めて、訪れる場所なのだから。その世界が、鳥使い達の前に広がっている。
「ハリが書いた記録では、ハリはこの穴から緑の底に出て、最後を迎えるつもりだったようね。しかし……」
「何故か折れた巨樹の上で、樹脂の中に眠っておられる」
言おうとする事をモリオンに先に言われ、カーネリアは苦笑しながら話しを続ける。
「そう、何故かハリの身体は樹脂の中にある。私は此処でいろんな事を発見したけれども、また新しい謎も抱えてしまったようね。この謎が全て解けたらいいのだけど」
カーネリアは、地面から聳え立つ巨樹を見上げながら、仲間達に自分の気持ちを伝えた。
「みんなそう思っているさ、ここで見付けた謎が解ければ良いとね。僕達は、気持ちを共有しているのさ。空腹と一緒に」
クロッシユに言われ、カーネリアは自分が空腹なのに気付く。そう、朝起きてからまだ、食事らしい食事をしていなかったのだ。それはクセロッシュやビルカ、モリオンも同じ多だ。そしてベヌゥ達も。
「さぁ、此処での発見に驚くのはこれまでにして、食事にしましょうか」
カーネリアのひと声で、鳥使い達は緑の底を見せてくれた穴から離れ、ハリの小屋に向かった。ハリの小屋の横にはベヌウ達の騎乗具が並べて置かれていて、鳥使い達は騎乗具に括りつけてある袋から食べ物を取り出し、ベヌゥ達には食べ物を探してくるように指示した。がらんどうで蹲っていたベヌゥ達はやはり腹ペコだったらしく、指示を受けると一斉にがらんどうの外へと飛び立った。
「さぁ、食べるとするか」
ビルカの合図で、鳥使い達は手にしたブラン麦の二度焼きパンを口にする。長期間、樹海で過ごす時に持って行く食料の定番だ。クロッシュ達は、カーネリアが食料の調達に困っているのを知り、村から食料を持って来たらしい。お蔭でカーネリアも、川で捕れる魚ばかりの食事から解放され、久しぶりのまともな食事と、水筒に入れて運ばれてきた果汁の甘味を堪能した。腹ごしらえが住むと、鳥使い達は床に散らばったハリの日曜品を拾って一か所に集め、改めてハリの書いた十数冊の本に目を通す。そして書かれた順に並べようとして、カーネリアは本が一冊掛けているに気付いた。
「どうも七冊目と八冊目の間に、まだ本があったみたいね。順番に並べて見て、初めて解ったわ」
「確かに、記録に途切れた個所があるようだね。何処に行ったのだろう?」
鳥使い達が小屋の中やその周辺を探し回った後、カーネリアはビルカとモリオンを小屋に残し、クロッシユと共に本を探しに出た。
「本当に何処に行ったのかしら」
カーネリアとクロッシュは難しい顔をしながら、がらんどう中を歩いて消えた本を探す。もしかしたらカーネリアが探しているベダの花に関する情報が、消えた本にあるかも知れないのだ。小屋にあった本には、ベタの事は書かれていない。しかしがらんどうの何処にも、本は無い。何時の間にか樹海で腹ごしらえ師と来た鳥使いのベヌゥ達も、がらんどうに戻って寛いでいる。
「ああもう、せっかくベダの一斉開花への対応法が、探し出せると思ったのに」
ついに本探しを止めたカーネリアは、ぶつくさ言いながらがらんどうの床に座ってしまう。もうこれ以上探し回っても、目当ての本は見付からないだろう。ビルカもモリオンも本探しを諦めたらしく、がらんどうの床に蹲るパートナーのベヌゥの傍らに、座り込んでいた。
「多分、このがらんどうにはもう無いのだろうね。残念だけど。あの飛行体が、持ち去って居なければいいのだけど」」
クロッシュが事実状の敗北宣言したものの、カーネリアは、本探しを諦めなかった。
「それならば外を探しましょう」
「外を探すと言ったって、広い樹海の何処を探すんだね」
クロッシュはこれ以上、消えた本を探したくないようだ。だがカーネリアは、クロッシュに自分の考えを捲し立てる。
「洞から出て来た飛行体がどこに飛んで行ったのかを、ここにいる野生ベヌゥに、直接聞いてみたらいいのよ。此処の野生ベヌゥ達の中には、飛行体の飛んで行った方向を見ているベヌゥがいるはずだから」
「野生ベヌゥ達と、直接意識を繋げ合わせるのかい」
「そうよ、ここの野生ベヌゥが、鳥使いと意識を繋げられるのを話したでしょ。まあ見て」
カーネリアは立ち上がってがらんどうの片隅に、ブルージョンとアルマティンの傍で蹲っている野生ベヌゥ達を指差すと、野生ベヌゥ達に意識を向ける。その横にクロッシュが立ち、モリオンと意識を繋げ合った。
[さあ、教えて。この飛行物体の事を]
カーネリアは、巨樹のがらんどうから飛び出す小型飛行物体の光景を野生ベヌゥの意識に送ると、野生ベヌヌゥからの返事を待つ。野生ベヌゥ達の意識は、カーネリアから送られて来た小型飛行物体の光景に、一方ならずざわつきだした。一羽の野生ベヌゥなどは、がらんどう中に響きわたる声で鳴き、鳥使いや他のベヌゥ達を驚かせた。カーネリアはすぐに自分の意識を鳴いたベヌゥ一羽に向け、そのベヌゥの意識を探る。答えはすぐに探し出せた。鳴き声を上げたベヌゥは、小型飛行物体ががらんどうに忍び込んで盗みを働き、幹の穴から飛び出して仲間を傷付けるまでを全て見ていたのだ。
あの時がらんどうに居たベヌゥ達は、野生ベヌゥ同志の喧嘩に気を捕られている間に小型飛行物体に忍びこまれ、ハリが残した物、それも間違いなくハリが書いた本を持ち去ったのだ。しかし直ぐに小型飛行体の盗みに気付いた野生ベヌゥ達は、盗まれたものを取り戻そうと、一斉に小型飛行物体を追い始める。だが残念な事に、小型飛行物体は小回りが利いてすばしっこかった。器用に野生ベヌゥ達の間をすり抜け、遠ざかろうとする。しかし野性ベヌゥ達も諦めずに追跡を続け、ついに一羽のベヌゥが小型飛行体に追い付き飛び付こうとした時、小型飛行物体が火を噴き、小型飛行体に立ち向かうベヌゥに傷を負わせた……。しかし小型飛行体も、無傷ではない。火を噴いた反動で巨樹の枝にぶつかり、機体の側面にひびが入ったかと思うと大きな穴が開き、底から何かが零れ落ちて行った。ところが破損してもなお、この忌々しい飛行物体は盗んだものを話さず、ふらつきながらも飛び続け、ベヌゥ達はその後を追い続ける。
[なんて奴だ。ぼろぼろになっても飛び続けているとは]
カーネリアの意識を通じて、野生ベヌウが伝える光景を見ていたクロッシユの驚きが、イドを通して伝わって来る。しかし驚いてばかりはいられない。カーネリアの意識は、小型飛行物体を追う野生ベヌゥ達が見た光景を探った。
[何? これ]
カーネリアの意識に現れたのは、火を噴きながら飛び去って行く小型飛行物体の姿だ。火を噴きながら凄い速さで野性ベヌゥ達を引き離した小型飛行物体は、樹海の終焉を示す沈黙の山脈へと一直線に飛んで行き、やがて見えなくなっていった。カーネリアはねこのような光景を前に一度、目にしていた。樹海周辺部の生き物を生け捕りにしていた飛行物体を、鳥使い達が撃退したした時だ。あの時侘置けて来た樹木の直撃を受けた飛行物体は、同じ様に火を噴いて、飛び去り姿を消した。その後の飛行物体の行方は解っていない。大きさこそ違え、飛行物体が起こした行動は、まったく同じだ。ただ飛び去った方角が違うだけ。しかも今回は、樹海を抜けて沈黙の山脈の向こうまでとんで行ってしまった。
[色々と教えてくれて有難う。もう休んでもいいわ]
カーネリアは暗澹たる気持ちになりながら、基地様な情報を教えてくれた野生ベヌゥに感謝を伝えると、野生ベヌゥの意識から自分の意識を離していく。
「傷ついているというのに、厄介な場所に飛んで行ったものだ。沈黙の山脈なんて……」
意識が元に戻ると、クロッシュがカーネリアと顔を見合わせながら呟く。
「確かに、やっかいね。沈黙の山脈を超えるのは」
カーネリアの肩越しに、何時の間にかカーネリアの傍に来ていたモリオンの声がした。確かにやっかいなのだ。樹海の果てで衝立の様に立ち並ぶ沈黙の山脈の上空では何時も気流が乱れていて、ベヌゥが容易に山脈を越えるのを難しくしていた。下手をすれば、気流に揉まれ、山脈に激突するかもしれない。
「危険かも知れないが、やってみるしかないだろう。盗まれたのは、ハリの本に間違いないのだからな」
今度はモリオンと一緒にカーネリアの傍に来ていたビルカの大声が、がらんどう中に響き渡る。
「沈黙の山脈は難所だが、超えて行くのに成功した鳥使いがいないわけでは無い。それに盗まれたのは、ハリの残した本だ。諦めるわけにはいかないだろう。もし鳥使い達やベヌゥに何かあれば、わしが全責任を追おう」
長老ビルカはカーネリアやクロッシュ、モリオン達の前に立つと、さらに声を響かせる。その声に異議を申し出る者はなかった。カーネリアとクロッシュ、そしてモリオンはビルカの言葉に頷くと、その場で出発を翌日の日の出のころに決め、準備を整えた。騎乗具の点検をしてから騎乗具の命綱をもう一本増やし、寒さを防ぐ為に着替え用のシャツを、騎乗服の下に重ね着する。そして顔を覆う風よけの布を、騎乗具の物入れから取り出して騎乗服のポケットに入れた。これで沈黙の山脈に行く準備は終わり。幹の穴から入って来る光りが薄暗くなって日が暮れたのを知らせる。後は二度焼きパンで空腹を押さえ、眠るだけだ。いやその前に、パートナーのベヌゥの様子を見ておくべきだろう。カーネリアはがらんどうの床に蹲るブルージョンに目をやり、ブルージョンが元気なのを確認すると床に敷いた敷物に横たわった。
[ジェイド]
横たわっても眠れないのを感じたカーネリアは、イドでジェイドの意識に呼び掛ける。
[ジェイド、よかったね。モリオンと一緒になれて……]
[有難う。君が帰ってきたら、じっくりと話しをしようね]
[ええ]
久しぶりにイドでジェイトに呼び掛けると、すぐにイドをつかってのおしゃべりが始まった。
[これからどうなるかは解らないけど、これからは鳥使いの村を生活の拠点にするよ。ただし用事があれば、樹海周辺部をうろつくけどね。樹海の生き物達が、気掛かりなんだ]
ジェイドは、樹海の生き物達が心配でならないらしい。当然だろう。ベダの花の開花の影響がどの程度のものになるか解らないし、正体不明の飛行物体もちょくちょく樹海を飛んでいる。樹海に火を放ったり生き物達を生け捕ったりするやからが、また現れるかも知れない。その時には樹海周辺部をさ迷ったジェイドと、流星の鳥の力が必要となるだろう。
[もし貴方の力が必要となった時には、頼むわね。じゃあ、お休み]
[お休み]
イドでのおしゃべりを終えたカーネリアはジェイドの意識が離れて行くのを感じると、今度は本格的な眠りに就いた。
翌朝鳥使い達は夜明け前に目を覚ますと栄養価の高い木の実の食事をし、沈黙の山脈への飛行の準備を整えるとそれぞれパートナーのベヌゥに騎乗し、一羽ずつ巨樹の幹の穴から外へと飛び出していった。沈黙の山脈への飛行の始まりだ。都合の良い事に夜明けの空はきれいに晴れ渡っていて、風もほとんど無い。この良い天気が、沈黙の山脈に着くまで、続けばいいのだが。まぁ樹海北端の森から沈黙の山脈までの距離はそう遠くない。この様子では沈黙の山脈着くまで、晴天が続くだろう。だが飛び立ってからすぐ鳥使いのベヌゥ達が鋭い目で何かを見付け、それぞれひと声鳴いて取り使い達の注意を促した。
[どうしたの?]
カーネリアは何かを見付けたブルージョンの意識と繋げ合わせ、ベヌゥ達が見付けたものの正体を探る。
「これは何?」
カーネリアの意識に浮かん出来たのは、大きな樹の枝からさらに別れた小さな枝の葉の上に落ちている、箱型の機械だった。それもまだ動いているらしく、箱型の真ん中にある穴から、赤い光りを点滅させている。
[ほら、あそこだ]
進行方向に見えてきた葉の茂る樹木の上を、クロッシュがアルマティンの背中から指し示す。確かにその樹の上では、赤い光りが点滅している。鳥使い達は騎乗しているベヌゥを、赤い光が見える樹木の上空を旋回させ、赤い光りの様子を見て、赤い光が樹木の先端から枝分かれした枝の葉で、点滅しているのを確認かする。鳥使い達は二、三回騎乗するベヌゥを樹木の上で旋回させると、クロッシュを乗せたアルマティンが下降して樹木に近付き、クロッシュは光りを点滅させている機械を拾うと、素早く上昇した。
[ほら、これだよ]
アルマティンをベヌゥ達の輪に戻したクロッシュは、アルマティンの背中で手にした機械を頭上に掲げて見せる。人間の手掌に納まるほどの、小さな機械だ。
[上手く拾ったな、クロッシュ。この機械は今度休憩する時まで、君が保管していてくれ。何処か休み場所を見付けた時、調べてみるから]
[はい、そうします]
クロッシュは機械を無造作に騎乗服のポケットの一つに押し込むと、アルマティンを沈黙の山脈へと向かわせる。他の鳥使いのベヌゥ達は、アルマティンの少し先を飛んでいた。もう沈黙の山脈は鳥使い達の前に、大きく広がっている。樹海北端の森から沈黙の山脈までの距離は、そう長い物ではない。夜明けに出発してからその日の午前中には、樹海の樹木は姿を消し、灌木と背の低い草だけが生えている丘陵地帯に出て来た。休憩するのに、良さそうな場所だ。
[さぁ、此処で少し休憩しよう]
長老ビルカは丘陵地帯を形作る丘の一つを休憩場所に選ぶと、丘の上にパートナーのベヌゥを着地させ、他の鳥使い達もビルカに続いて、それぞれのベヌゥを着地させる。ベヌゥ達を地面に蹲らせ、その背中から降りると鳥使い達はまず北に向かって立ち、眼の前に迫る背が高く、崖の様に急な稜線を持つ山脈を見詰めた。此処まで来れば、沈黙の山脈に辿り着いたのも同然だ。この山脈を超えれば、もう樹海は終わりになる。そして山脈を越えた鳥使い達が残した記録では、沈黙の山脈の向こうに荒涼とした大地が広がっているという。早く山脈を越えてみたいものだが、鋭い峰が連なるこの山脈は、鳥使い達に難所として知られている場所だ。何人もの鳥使い達がパートナーと共にこの山脈を超えようとして、失敗している。中には山脈に向かって飛びながら、二度と戻らなかった鳥使いやベヌゥもいる。危険な旅路だ。その危険を最小限に抑えるには、山脈上空の気流が、飛行に適した状態なのかを探る必要があるのだが。幸いにも今日は強い風が吹いてはいない。山脈に辿り着くまでは、ひとまず安心できるだろう。問題なのは、山脈の上をから突然拭いて来る突風だ。本格的な山脈越えに入る前に、鳥使い達は休憩場所に選んだ丘で一休みするとそれそれぞれ持って来た風よけの布で口と鼻を覆い、パートナーのベヌゥに乗ると二つの命綱をしっかりと固定し、一羽ずつ丘を飛び立って行く。そして沈黙の山脈前に来ると、まずクロッシュとアルマティンが山脈の上空へと上昇し、風の具合を確かめた。
[大丈夫だ。風まだ強くない。今の内だ]
クロッシュが風の様子を鳥使い達の意識に伝えて来ると、残りの鳥使い達もクロッシュの後に続いた。まずカーネリアとブルージョンが上昇して山脈の上空に向かい。その後にモリオンとジェダイド、ビルカとそのパートナーが続く。山頂上空に辿り着き、ベヌゥの背中から見下ろす沈黙の山脈の景色は、何ともいえない絶景だ。しかしその絶景を堪能する前に、寒さと強い風が鳥使いとベヌゥを襲う。俯いていても顔覆いが無いと、とても耐えられないくらい強い風だ。当然前のことながら前は見えず、強風の中でも目を開けていられる、ベヌゥ達の視界がたよりだった。
[みんな、大丈夫?]
カーネリアは頭を俯かせて風を防ぎながら、仲間にイドで呼び掛ける。
[大丈夫。やはり油断ならぬな、沈黙の山脈は]
ビルカがイドで話し掛けてくるその間にも風が強くなり、カーネリアはブルージョンにしがみ付きながら騎乗具の操作綱を握り、山頂上空を飛び続けた。
[まったく、油断ならないな。穏やかに見えていたのに……]
クロッシュのイドでの呟きが、カーネリアの意識に伝わってきたものの、カーネリアにはクロッシュに言い返すゆとりがない。兎に角強くなる一方の強風に抗い、ブルージョンの安全を図りながら飛行を続けるばかりだ。他の三人も、同じなのだろう。しかし情けない人間達とは違い、ベヌゥ達は風の中でもぐっと前を睨み、沈黙の山脈に立ち向かっている。頼もしい限りだ。カーネリアはブルージョンの意識を通して、沈黙せの山脈が大きく迫って来るのを見ていた。まるでこのまま山脈に突っ込みそうな感じがする。しかしベヌゥ達が山脈の真上を超えると、足元に会った山脈の頂上が後ろに下がり、やがてベヌゥ達の視界から消えて行った。沈黙の山脈を越えたのだ。あれほど強かったか風も、かなり収まっていた。カーネリアは俯けていた頭を上げ、目の前に広がる景色を見る。
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